役目は終えましたので、好きにしてもいいですよね?〜地味才女の楽しい改革劇〜
「ど、どうして……」
「果樹園の視察をしていた時、彼が虫をはたき落としたのを覚えているかしら。その時にずっと手袋で隠していた彼の手は、あなたと比べてとても綺麗だった。まるで一度も土いじりをしたことのない、貴族の手。それに彼は虫を避けただけでなく、踏みつけて片付けたわ。あれはコロンの実だけでなく、多くの果物の花粉を運んでくれる蜂の仲間よ。毒も持たない温厚な性格で、果樹園の人間なら無下に扱うことはしない。……まぁ、屋敷に来た時から様子がおかしいなとは思っていたけれど」
「や、屋敷から、ですか?」
「ええ。クラム男爵家は代々、男を立てる風潮に抗い、夫人が最終決定権を持っていることは暗黙の了解だと、叔父様から聞いていたのよ。歴代のご当主は皆、目立った経歴も特出するような魔法も持っていないけれど、その分夫人が支えている。でなければ、ここまで果樹園が世代を超えて長く続いていかないわ。それに――魔力に敏感な人間が、魔力を持っていない方がわからないわけがないじゃない。気付いていた? 私、一度も彼のことを『ジョン』と呼んでいないのよ」
あっけらかんとした顔で答えるメリッサに、ソフィアは唖然とした。そして全身の力が抜けたように大きくため息を吐くと、困ったように笑う。
「最初からわかっていたなら、仰ってください。弄ぶなんて、意地悪な人ですね」
コロンの木の撤去作業と収穫の目途が立ったのは、決行から一週間後の夕方だった。浮遊魔法の活躍により、普通は一ヵ月ほどかかる作業が驚きの速さで終えられたのは、メリッサの持つ膨大な魔力と知識で得た計画性によるものだろう。
その後、ジョン・クラム男爵を名乗っていたのは、双子の弟であるリック・クラムであったことが分かった。
リックは汚れるのが嫌いな潔癖で、土や虫はもちろん、自身の汗さえも嫌っていた。さらに彼が魔力をほとんど体内に保持できない体質だったことがわかると、果樹園の仕事を嫌がり、最終的に王都のある商会の事務職として働いていた。
その点については亡き両親も理解していたし、無理に引き継がせるようとすることはなく、ジョンがそのまま引き継いだ形となったのだ。
本物のジョンこそ、浮遊魔法が使える唯一の作業員であり、男爵家の当主。しかし持病の腰痛がここ数ヶ月で悪化し、ベッドの上から動くことも難しい状況にあった。
そんな時に、コロンの増殖が発覚し、ソフィアが代打で切り盛りをしていたのだ。
この件を聞いたリックは何を思ったのか、男爵家を乗っ取ろうとしようとしてソフィアを脅した。王都で学んだ経営学を実家で試してやろう、という魂胆は、いつしか爵位に執着していた。だが、すでに家督はジョンの元にある。
そこで思いついたのが、今回の入れ替わりだったそうだ。
容姿や声はよく似ていたし、農作業でボロボロの手は手袋で隠し、日焼けはメイクで誤魔化せる。だから騙せると思っていたのだが――メリッサの前では無駄なあがきだったようだ。
ソフィアが言い返すことなくリックに従っていたのは、男爵家の正当な血筋だからとリックの無茶苦茶な持論に圧されたからである。しかし、このまま乗っ取られるわけにはいかないと思ったソフィアは、つい最近、ケケ村の不作問題を解決したと噂されるメリッサの存在に目をつけた。
「果樹園の視察をしていた時、彼が虫をはたき落としたのを覚えているかしら。その時にずっと手袋で隠していた彼の手は、あなたと比べてとても綺麗だった。まるで一度も土いじりをしたことのない、貴族の手。それに彼は虫を避けただけでなく、踏みつけて片付けたわ。あれはコロンの実だけでなく、多くの果物の花粉を運んでくれる蜂の仲間よ。毒も持たない温厚な性格で、果樹園の人間なら無下に扱うことはしない。……まぁ、屋敷に来た時から様子がおかしいなとは思っていたけれど」
「や、屋敷から、ですか?」
「ええ。クラム男爵家は代々、男を立てる風潮に抗い、夫人が最終決定権を持っていることは暗黙の了解だと、叔父様から聞いていたのよ。歴代のご当主は皆、目立った経歴も特出するような魔法も持っていないけれど、その分夫人が支えている。でなければ、ここまで果樹園が世代を超えて長く続いていかないわ。それに――魔力に敏感な人間が、魔力を持っていない方がわからないわけがないじゃない。気付いていた? 私、一度も彼のことを『ジョン』と呼んでいないのよ」
あっけらかんとした顔で答えるメリッサに、ソフィアは唖然とした。そして全身の力が抜けたように大きくため息を吐くと、困ったように笑う。
「最初からわかっていたなら、仰ってください。弄ぶなんて、意地悪な人ですね」
コロンの木の撤去作業と収穫の目途が立ったのは、決行から一週間後の夕方だった。浮遊魔法の活躍により、普通は一ヵ月ほどかかる作業が驚きの速さで終えられたのは、メリッサの持つ膨大な魔力と知識で得た計画性によるものだろう。
その後、ジョン・クラム男爵を名乗っていたのは、双子の弟であるリック・クラムであったことが分かった。
リックは汚れるのが嫌いな潔癖で、土や虫はもちろん、自身の汗さえも嫌っていた。さらに彼が魔力をほとんど体内に保持できない体質だったことがわかると、果樹園の仕事を嫌がり、最終的に王都のある商会の事務職として働いていた。
その点については亡き両親も理解していたし、無理に引き継がせるようとすることはなく、ジョンがそのまま引き継いだ形となったのだ。
本物のジョンこそ、浮遊魔法が使える唯一の作業員であり、男爵家の当主。しかし持病の腰痛がここ数ヶ月で悪化し、ベッドの上から動くことも難しい状況にあった。
そんな時に、コロンの増殖が発覚し、ソフィアが代打で切り盛りをしていたのだ。
この件を聞いたリックは何を思ったのか、男爵家を乗っ取ろうとしようとしてソフィアを脅した。王都で学んだ経営学を実家で試してやろう、という魂胆は、いつしか爵位に執着していた。だが、すでに家督はジョンの元にある。
そこで思いついたのが、今回の入れ替わりだったそうだ。
容姿や声はよく似ていたし、農作業でボロボロの手は手袋で隠し、日焼けはメイクで誤魔化せる。だから騙せると思っていたのだが――メリッサの前では無駄なあがきだったようだ。
ソフィアが言い返すことなくリックに従っていたのは、男爵家の正当な血筋だからとリックの無茶苦茶な持論に圧されたからである。しかし、このまま乗っ取られるわけにはいかないと思ったソフィアは、つい最近、ケケ村の不作問題を解決したと噂されるメリッサの存在に目をつけた。