役目は終えましたので、好きにしてもいいですよね?〜地味才女の楽しい改革劇〜
 ◇

 男爵家当主成り代わり事件から三日後。リックの処分については厳重注意で留まったものの、兄のジョンや親戚にこっぴどく叱られたようで、親戚の農作業の経営を叩き込まれることになった。元はといえば、男爵家を乗っ取るつもりで起こした一件だ、彼にとって本望だろう。
 そして屋敷にはメリッサに言われた通り、ソフィアがやってきた。ジョンの腰痛は日々よくなってきているようだが、今日は大事を取って屋敷に残っている。
 目線をキョロキョロとさせるソフィアは終始落ち着かない様子だったが、メリッサは両手を広げて歓迎する。

「いらっしゃい! 待っていたわ、ソフィア」
「お、お招きいただきありがとうございます……あ、あの……」
「そんなにかしこまらなくていいのに。私はあなたのより年が下なのよ? ……といけない、待たせてしまうわ。行きましょう」

 そう言って連れて行かれたのは、屋敷の隣にある騎士団専用の食堂だ。厨房とカウンター越しで会話できる開放的な空間で、辺境騎士団の面々はここで食事を取ったり、ミーティングを開いたり、休みの日はボードゲームをしたりと、比較的自由に利用している。
 そのカウンターに、二人の男性が真剣な表情で話し込んでいる。メリッサは肩幅のガッシリとした男性――オルディンへ声をかけた。

「叔父様、クラム男爵夫人がいらっしゃいました」
「ああ、ありがとう。クラム夫人、よく来てくれた。色々と災難だったな」
「オルディン様……いいえ、メリッサ様のおかげです」
「今日は俺もよくわかっていないんだが……メリッサ、なぜ食堂(ここ)なんだ?」
「屋敷でもいいのだけれど、大量調理はこちらが都合が良いのです。……殿下もお待たせいたしました」

 メリッサがソフィアを案内した先にいたのは――アルフォンス王弟殿下。さらりと揺れた銀髪と聡明な青い瞳に、ソフィアは反射的に「ひぇっ!?」と悲鳴にもならない声が出た。
 無理もない、自由人やら昼行灯やらと呼ばれた王家の中で不明瞭な人間が、辺境伯領にいるとは想像すらできないだろう。

「な、なななんで……っとあ、の……!?」
「……ああ。驚かせてすまない、クラム夫人」
「い、いいいえ! ご、ごご挨拶を――」
「挨拶は不要だ、クラム男爵夫人。堅苦しいのは慣れていない。……それに、王弟を足に使うことを躊躇わない令嬢もいるしな」
「まぁ! そんなことをするご令嬢がいるだなんて、王弟殿下も大変ですね」

 メリッサがにっこりと告げると、アルフォンスはじいっとそのご令嬢(・・・)を見つめた。言われるまでもなく、メリッサである。
 言葉の通りにアルフォンスの冷たい眼差しを向けられても、メリッサは気付いていない体で平然を装った。ケケ村ではあんなに焦っていた自分が嘘のようだ。後ろでソフィアの動揺が伝わってくるのもあって、今日ばかりはしっかりしなければならない。

「さぁ座って! 今日は一緒に試作品を食べてもらいたいの。殿下にお時間を作っていただいたのは、その試作品に使った食材を調達いただいたからよ」
「調達……?」

 困惑するソフィアを座らせると、メリッサは一度厨房に入り、トレイに乗せた三つの器を持って戻ってきた。それを一つずつアルフォンスとソフィア、オルディンの前に置く。
 器の中には、ほんのり赤く色づいたコロンが、柔らかく煮込まれた状態で入っていた。可愛らしい色合いに、添えられたミントの緑がよく映える。ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「これは……」
「コロンをコンポートにしてみたのです。どうぞお味見していただけますか?」
「ほう、あの酸っぱい実か。コンポートってなんだ?」
「遠い異国の保存食の一種で、甘く煮てさらに冷やしたものです。本来は砂糖や蜂蜜をふんだんに入れて煮るのですが、このコンポートには一切使っていませんの」
「え? じゃあどうやって……」
「食べてみたらわかる」

 そう言ってなぜか真っ先に口に運んだのはアルフォンス。自身が王族であることにもう少し危機感を持って欲しいと周囲は焦ったが、一度コロンを口に運んだ途端、彼の頬が緩んだ。
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