役目は終えましたので、好きにしてもいいですよね?〜地味才女の楽しい改革劇〜
「……メリッサ嬢?」
「……っ、きゅ、急に出てこないでくださいまし! 叫ぶところでしたわ!」

 美麗な容姿が自分の頬がかすめる数センチの近距離で現れたのなら、誰だって驚くもの。恥ずかしさも入り混じった感覚に、メリッサは思わず目線をそらした。

「アルフォンス……せめて音を立てて出てこい。俺の姪を困らせないでやってくれ」
「……そうか? すまなかった」
「い、いえ……今日はお呼びしていましたっけ……?」

 試食会の話をした際に「予定が合えば」とだけ告げられたため、いつどこでやるといった詳細については伝えていない。

「別件で来たら、クロードがここだと教えてくれた。いい匂いがするとは思ってはいたんだが、まさか試食会だったとは」
(だからって、私が食べようとしていたケーキを横取りしなくてもよかったのでは……?)
「別件ってなんだ? 王家には逐一報告しているだろう?」

 恨めしそうな目で見てくるアルフォンスに、きょとんとした表情でオルディンが問う。

「三ヶ月後に近隣諸国で我が国での会合があるんだが、夜は懇親会という名目で夜会パーティーを予定している。俺はその運営側に回されてな、そこでヴィンセント辺境伯領で作られる『コロン・ポート』を王宮の料理人たちが使いたいそうだ。レシピと有識者を借りたいと相談があった。権利はそちらにある。つまり、交渉しに来た」
「ほほう……それはまた豪勢な」

 エシャール王国とその近辺諸国は友好条約を結んでいる。コロンの実の活用方法はその国でも問題視していたこともあり、王妃に認められたコロン・ポートの存在は一目置かれているようだ。
 話を聞いたオルディンはソフィアに目を向ける。

「どうだ、レシピの提供はしてもよいとは思うが」
「ええ、ぜひお願いできればと思います。……ですが、一部にさせていただけませんでしょうか。コロン・ポートは現在、辺境領の特産品として準備段階のものです。これから売り出していくことを踏まえると、無闇に広げて悪質なものが出回ることを避けたいのです」
「そうだな……特許は今申請しているが、それが通ってから公開するのがセオリーだな。レシピを外部に出さないことが条件だ。もしくは、工場で作ったものを使用する形にすれば、絶妙な配合まではわからんだろう」
「わかった。それと、王妃陛下から『試作はすべて持ってくるか共有して』とのお達しだ。オルディン」
「ここにあるものをか? まったく、あのお方は……男爵夫人、陛下への献上について相談したいんだが構わないか?
「しょ、承知いたしました」

 ここからは辺境伯と男爵家の間での商談という形となる。クロードを残し、メリッサとアルフォンスはそっと応接の間を後にすることにした。
 部屋を出ようとしたところで「メリッサ様!」とソフィアが引き止める。

「私……あの……っ!」

 焦ったのか、途端に言葉が詰まって上手く出てこないらしい。メリッサはソフィアに向き合い、先に口を開いた。

「今日の試作品も美味しかったけれど、あなたが昔食べたコロンのジャムをずっと楽しみにしているの。待っているわ」
「……っ、は、はい! 必ずジャムも、この事業も成功してみせます。任せてくれたあなたのために、頑張ります!」

 それは今この場において、貴族の肩書も、性別も年齢も、すべてを放り出した言葉だった。
 自分の言葉で伝えるのに勇気を振り絞る必要があるソフィアには、メリッサの言葉が道標になっている。決意を顕にした彼女であれば、もう大丈夫だろうと、メリッサは優しく微笑むのだった。
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