ぼろきれマイアと滅妖の聖騎士


 王宮から目的地、東部の無教会地域までは馬で半日ほどかかる。
 翌朝が指定されているから夕刻の出立でも間に合うのだが、レヴィンは朝を選んだ。長いあいだ仕え、護ってきた王宮。その姿を美しい朝日の中に見ながら、二度と戻ることのない故郷を後にしたかったのだ。
 鬼の聖騎士団長、滅妖の聖騎士と異名をとったレヴィンの、それは人生で最後になるであろう感傷だったのである。

 左右にわずかとなった聖騎士たちが剣を掲げて居並ぶ。肩に記章、黒の肩覆い。王前でのみ使うこととされている聖騎士の正装だ。涙ぐみながら団長を送り出す彼らのせめてもの手向けである。
 レヴィンは泣きはしない。笑っている。
 いい、仲間たちだった。いい人生だった。

 王宮が遠く木立に隠れ、やがて故郷の山々も丘陵の陰に見えなくなる。
 夜営地も慎重に選び、持参した食料を口にする。腹持ちのよい、といって戦闘に邪魔にならないものを時間をかけて摂る。明日の命がどうなっていようが、現在を大事にする。聖騎士の誓いを彼は今も誠実に実行しているのである。

 翌早朝、まだ月が眩しいうちに起きだし、身支度をして馬に乗った。そう時間が経たないうちに東部地域に入り、やがて目的地が見えてきたころに、山並みが赤く染まりはじめた。

 馬上で深く息を吸い、また吐く。
 それで彼の覚悟は決まった。
 馬の脚をわずかに速める。


 ◇◇◇

 
 明日の夕方には出立するということで、劇団は道具類を片付けるのに慌ただしい。その天幕のひとつに、座組み、つまり舞台の出演者や構成を決める担当者が居眠りを決め込んでいる。

 「なあ、例のくじ引きのあれ、決めなくていいのか。誰が演《や》るのか。俺、行ってもいいけど」

 役者のひとりが声を出すと、彼は目を瞑ったまま答えた。
 
 「あれね、劇団長が決めるって。まああの人の思い付きの企画だからなあ。だけど、くじで金を集めるようになったらここも長くないよね」

 ちょうど同じころに、劇団長の部屋。

 「ねえ、あのくじ引きのやつ、決めなくていいの?」

 鏡を覗きながら女が背後の男に向けて声を出した。劇団の歌姫と、劇団長だ。

 「ん、ああ、座組みはいつもどおり担当にさせてるよ。誰か適当な若手、行かせるんじゃないかな」

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