極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
まるで、世界にフィルターをかけたみたいに。
私の世界の色合いが変わった。リビング全体を満たす、透き通った眩さ。ナチュラルな色合いのフローリングに、まるで水面の揺らめきみたいに、レースカーテンの影が淡く移ろう。
昨日から始まった、仮初の結婚生活。夢の続きのような、ラグジュアリーなタワーマンション。柔らかなベッドの上で目覚めて、ホテルのパウダールームみたいな洗面所で顔を洗って、今。
とりあえずリビングに来てみたけれど、どうすればいいんだろう。
朝ごはんとか、作ったほうがいいのかな。
でも、勝手にキッチンを使っても大丈夫?
千秋くんには、この家のものは好きに使っていいって言われたけど。
――今はまだ……仮初の結婚生活ですが。
不敵に笑った千秋くん。彼の仮初の妻として、私はこのマンションで暮らし始めた。私の役目が『妻』であるなら、千秋くんが起きる前に朝食の席を整えていたほうがいい?
逡巡して、だけど答えが出ないままリビングに立ち尽くしていたら、
「おはようございます」
結局、千秋くんが起きてきてしまった。
「おはよう……」
ぎこちなく、挨拶を返した。ネイビーのパジャマ姿の千秋くんは、まだ少し眠そうな顔で、ちいさく首を傾げる。
「座ってください。そんな、立っていないで」
千秋くんは、ふわふわのスリッパの足音をさせながら私のそばまで来ると、お手本を見せるようにソファに腰掛けた。
おずおずと、私も隣に腰掛ける。
肩と肩が、ちゃんと触れ合わない距離にした。
だけど、千秋くんがこちらを向いたら、かろうじて確保した距離なんて呆気なく曖昧になる。
「眠れましたか?」
「……うん」
「だったら、よかった」
千秋くんが、ふわりと笑う。柔らかくて、ほんの少しあどけない表情。かつての面影が、残像のように掠める。
私を見つめる千秋くんは、とても幸せそうな表情をしていた。
「昔とおんなじ顔で、笑うね」
思わず、そんなことを口にした。
千秋くんは、虚をつかれたように目を瞬く。
「……そうかも。久しぶりに、気が抜けてます」
笑みの名残の声で、千秋くんは続けた。
「紗夜香さんにおはようを言えたのが、嬉しくて」
透き通った眩さのさなかに、彼の柔らかな息遣いが溶けた。