極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
 コーヒーを淹れますね、と千秋くんが言った。私が淹れるよと慌てたけれど、座っていてくださいと制された。ふかふかのソファに腰掛けたまま、こんなに優しくされていいのかなと途方に暮れる。昨日も、食事はデリバリーを手配されたし、いつの間にかお風呂の用意もされていた。

「砂糖とミルクは必要ですか?」

「……ミルクだけ」

 と、途方に暮れたまま答える。

「覚えておきます」

 千秋くんが、微かに笑う。

 ふわり、とコーヒーの香りが柔らかにたゆたう。
 まるで、丁寧に描かれた絵画みたいな朝。
 私が知らない、美しい朝。

「マグカップですみません」

 私にマグカップを手渡しながら、千秋くんが隣に腰掛ける。

「ありがとう」

 両手で受け取って、お礼を言う。

 千秋くんは、ブラックのコーヒー。彼がマグカップを口に運び、こくり、と飲むのを確認してから、私もひとくち口に含んだ。

 華やかな苦味と、ミルクの優しい甘さ。
 美味しい――と思うのに、私はずっと途方に暮れている。

 そうしてそれは、千秋くんに気づかれる。

「……どうしました?」

 千秋くんが、首を少し傾げて私の顔を窺う。
 ひどく情けない気持ちになりながら、私は答える。

「迷惑をかけて、ごめんね」

「えっ?」

 思いも寄らないという顔をする千秋くんに、泣きたいような心地で訴える。

「私、とんでもないことしてる。千秋くんに酷いことをして、最低なことも言って……それなのに、何から何まで頼ってる」

「酷いことって、あの夜、俺を置いていったこと?」

 はっきりと言葉にされて、怯んでしまう。私が返事を澱ませると、千秋くんは何の気負いもなく言い切った。

「置いていかれたなら、また追いかけるだけです」
 ――一切、表情を変えないままで。

 表情を変えない彼に対して、大きく眼差しを揺らした私は、きっと情けない顔をしている。

 何も言葉を返せない私に、千秋くんは手加減なく畳みかける。

「俺が、今回のことを迷惑だと思ってる。そう考えているなら、紗夜香さんは俺を過大評価しています」

 迷惑なら、そもそも同居なんて提案しません――そう続けた千秋くんが、薄く笑う。

「俺は優しいわけじゃない。紗夜香さんだから、何を差し置いても守りたかった」

 彼の眼差しが鋭さを帯びる。どくん、と私の胸の内で心音が鳴る。

 ――カチ、と壁の掛け時計の秒針の響き。

 いつのまにか、まばたきを忘れていた。
 はっ、と目を瞬いたのは、千秋くんがソファから立ち上がったとき。

「だから、紗夜香さんは何も気に病まないで」

 打って変わって柔らかな雰囲気で、千秋くんが笑う。

 私は何と答えるかしばし迷って、キッチンへ向かう千秋くんの背中へ、

「……わかった」

 と、答えた。
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