極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
仕事に行く千秋くんに、「マグカップ洗っておくね」と声を掛けた。「助かります」と千秋くんは答えた。
マグカップを洗ったあと、ひとりきりになった広い部屋を見回した。大きな窓から光を取り込む、開放的なリビングダイニング。ナチュラルな色合いで統一された内装。アイボリーの壁紙とダークブラウンの家具類が、上品で落ち着いた雰囲気を演出している。
ひとまず、掃除をしてみた。オーディオ周りの埃を軽く払って、フローリングとカーペット、廊下に掃除機をかけた。バスルームの壁と鏡を拭いた。洗面台の水栓を磨いた。すると――やることがなくなってしまった。元々が、きちんと片付けられた部屋だ。キッチンもほとんど使用感がなく、コンロに至っては新品のようにぴかぴかだ。大理石の玄関もぴかぴか。
――何をすればいいんだろう。
広い部屋で逡巡する。うろうろと室内を歩いてみる。不意に、可愛らしいパステルカラーが視界に触れた。ナチュラルな色合いのウッドラックに置かれた観葉植物、その下に敷かれたパッチワークのクロスだ。
水色、ピンク、黄色。可愛らしい小花柄の布地が、丁寧に縫い合わされている。その優しげな佇まいに、見覚えがあった。
――おばさんのパッチワークだ。
おばさん――千秋くんのお母さん。いつも穏やかに笑っていた。旦那さんを亡くしたシングルマザーで、とても綺麗なひとだったから、口さがないひとたちに根も葉もない噂を立てられていたのだと、もっと大人になってから知った。
私は、おばさんと千秋くんの親子が大好きだった。だから、
――あいつ、また破れた服着てるぜ。
――穴が、変な布で隠してある。
同じ小学校に通う、弟みたいな千秋くんのことを、守りたいと思っていた。
彼のふるえる指先を、絶対に離したくないと思っていた。