極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~

*1章* 交際0日のプロポーズ

 愛を信じて、どん底に落ちた。
 私を捨てた男は、きっと今頃、花嫁さんと甘やかな一夜。

 11月27日。よりにもよって、私が29歳になった今日――彼は幸せの絶頂にいる。

 彼の結婚式の日取りなんて知りたくなかったのに、大学の同期生の情報網で、タバコの煙みたいに伝わってきた。
 彼の――隼人(はやと)の、タバコの匂いなんてもう忘れたい。
 だけど、苦くて大人びた匂いを思い出して、私の瞳には涙がにじむ。

 ――帰ろう、と思った。

 さっさと家に帰って、寝てしまおうと思った。

 バイト先のカフェは、洗練された商社ビルの1階。通用口からエントランスに出ると、商社の社員さんたちが颯爽とした足取りで歩いている。

 彼らのさなかにひっそりと紛れて、さっさとビルを出るつもりだった。

 だけど、隼人が囁いた言葉たちが、耳の奥で響いている。

 ――やっぱり、疲れて帰ってきてさ。彼女が家で待ってくれてるのって最高だよな。
 ――だって俺たち、結婚するんだし。

 耳障りの良い言葉を信じて、何もかもを失った。
 馬鹿だった。本当に、本当に、馬鹿だった。

 ぎゅ、とくちびるを噛みしめたら、眦から涙がこぼれた。――ああ最悪。こんなところで泣くなんて、大人のくせにみっともない。

 足を早めて、手の甲で頬を拭いながら顔を伏せたそのとき、

「……大丈夫ですか」

 控えめな声が、耳に届いた。
 私に向けられたものだとは思わなかったから、振り返らずに歩き去ろうとした。だけど、

宮野(みやの)紗夜香(さやか)さん」

 名前を呼ばれて、驚いて足を止める。キュッ、と床で戸惑ったスニーカーのゴム底が音を立てた。
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