極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~

 顔を上げると、そこに立っていたのはカフェの常連さんだった。

 いつも、オリジナルブレンドを頼む常連さん。多分、このビルの商社の社員さん。二ヶ月くらい前から、三日に一度くらいのペースでカフェを利用している。

 お互いに、相手が自分を認識していることは何となくわかっているけれど、店員とお客さん以上の会話はしない。
 だから――どうして、私の名前を知っているんだろう。

 その疑問を口にする前に、「どうぞ」と差し出された。
 きっちりとアイロンがかけられた清潔なハンカチ。

 受け取ることを躊躇っていると、彼がほんの少し切なげに眼差しを伏せた。

「……覚えてないよね」

 痛みを堪えるような声。

 え、と戸惑いの息をこぼせば、彼がそっと眼差しを上向けた。

「さやちゃん」

 どこか幼げなその響き。
 かちゃり、と記憶の扉がひらく。

「……ちあきくん」

 二歳年下の、弟みたいだった男の子。
 目の前の彼の、整った面差し。そこに、幼かった彼の面影を見つけた。
 長い睫毛。まぶたに描かれた優しげな二重の線。色素の薄い瞳。

 懐かしい名前を呼べば、彼の瞳がわずかにふるえる。

「どうぞ、使ってください」

 彼が――久遠(くおん)千秋(ちあき)くんが差し出してくれたハンカチを受け取った。
 頬に当てれば、清潔な洗剤の匂いがした。
 苦くて大人びたタバコの匂いとの落差を感じて、眦からもうひとつ涙がこぼれた。
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