極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
 ややあって玄関の方で物音がして――千秋くんが帰ってきた。

 落ち着いた足音とともにリビングにやってきた千秋くん。スーツに薄手のトレンチコートを羽織った彼は、

「いい匂い、」

 ひとりごちるように呟いて、キッチンに立つ私を見る。千秋くんは、少しだけ驚いたような顔をしていた。

「これ全部、作ってくれたんですか?」

「……うん」

 何となく気まずいような、そわそわした心地で頷く。

 こちらへ近づいた千秋くんは、ふわっと表情を緩めて笑った。

「すごい……全部美味しそうです。ありがとうございます」

 千秋くんの柔らかな眼差しを受け止めた刹那、心がほっと和らいでいく。

 面差しに微笑みを浮かべたまま、

「手を洗ってきますね」

 と、千秋くんが言った。ソファにクラッチバッグを置いて、洗面所に向かおうとした彼は、

「あ、」

 ふと思い出したような声を出して、ソファまで戻る。

「これ、高峰から預かりました。アパートに届いていたそうです」

 千秋くんがクラッチバックから取り出したのは、絵はがきだった。すぐに、お母さんから送られてきたものだとわかる。

「ありがとう。……ごめんね」

 絵はがきを受け取りながら思わず謝ってしまったのは、高峰さんまで巻き込んで、いろんな方面に迷惑をかけているからだ。

 千秋くんのマンションで暮らすにあたって、もともと住んでいたアパートを引き払うことになった。それに伴う諸々の手続きを代行してくれるのは、高峰さんだ。

「何を差し置いても紗夜香さんを助けたかった……今朝、そう言いましたよね?」

 私が俯こうとしたら、千秋くんがそう言った。
 うん、とおずおずと頷けば、千秋くんが続ける。

「高峰が動くのは、俺が命じたからに過ぎません。もし、高峰が迷惑だと思っているなら、それは紗夜香さんじゃなくて、俺の命令に対して」

 そして、とさらに続ける千秋くんの眼差しに高峰さんへの信頼が宿る。

「高峰がそのように考えることは、絶対にありません」

 きっぱりと断言する千秋くんの面差しが、綺麗だと思った。
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