極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
あの夜、照れくささに呑み込まれて、私たちは私たちの関係を明確にしなかった。翌日からも、これまでと変わらない関係で日々を過ごした。
仮初の夫婦。
その実質は、単なる同居人。
2週間が経って、千秋くんとナイトアクアリウムに行く日がやってきた。千秋くんの仕事が終わる18時頃に、会場である水族館の最寄り駅で待ち合わせる約束だった。
だけど、17時半過ぎに、仕事が押して30分ほど遅れるという連絡が千秋くんから入った。駅に着いたら、改めて連絡をくれるという。私はもう駅に着いていたので、近くのカフェに入って時間をやり過ごすことにした。駅ビルの1階にあるカフェで、窓際の席に通してもらえた。
そうして、街が夜色に染まり始めた18時半。
不意に窓の外に視線を向けると、都会の夜によく似合う真っ赤なスポーツカーがこちらへやってくるのが見えた。赤が驚くほどに鮮烈だったから、何となく目で追ってしまった。
スポーツカーは駅の車寄せで減速して、停車した。視線を外そうとしたところで、スポーツカーの助手席に千秋くんを見つけたから驚く。そこですぐに視線を外せばよかったのに、とても綺麗な女性が運転席から助手席へ身を乗り出しているのが見えた。
千秋くんはその女性と親しげに何かを話したあと、彼女が差し出した手の甲にキスをした。
――ドクン、と胸の内側で低く心音が鳴った。
はっとして、窓のほうから視線を逸らした。視線を揺らめかせて俯いていると、スマホがメッセージを受信した。
千秋くんからの連絡だった。
『到着しました。遅れてすみません』
そのメッセージに、『大丈夫。駅の方に行くね!』と返信をして、伝票を持って席を立った。
駅の前で合流した千秋くんは、遅れたことを真っ先に謝った。そのあとの態度はいつも通りで、だから、先ほど見たスポーツカーの女性のことは気にしないことにした。
それに、だって――私たちは恋人じゃないし。
たった一夜の、夢みたいな関係を結んだ。一度だけ、そっと触れ合うキスをした。
でも、だからといって私たちは恋人になったわけじゃない。
千秋くんに渡された婚姻届の妻の欄も、まだ空欄のままだ。
だから――ともすると挨拶みたいなあのキスを咎めるのはおかしい。
そんなふうに自分に言い聞かせて、ナイトアクアリウムを楽しんだ。
後から自分の気持ちを思い知ってももう間に合わないかもしれないなんて、そのときは一切考えたりしなかった。