極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
4歳の時、父がトラック事故で亡くなった。残された母は誰の助けも借りずにひとりきりで、俺を育ててくれていた。紗夜香さんのお母様は俺たちを気にかけてくれてくれていたけれど、彼女もシングルマザーだったから、俺たちが頼るわけにはいかなかった。
9歳まで、母とふたりきりで暮らした。古くて狭いアパートだったけれど、不幸せだと思ったことはなかった。
母は、俺を愛してくれたから。
もう記憶もおぼろげな父のことを幸せそうに話して、「私たちは千秋を愛しているのよ」と抱きしめてくれた。
クラスメイトから何を言われても、母が抱きしめてくれればそれで良かった。母への嘲笑さえなくなれば、ずっとこのままでもいいと思っていた。
しかし、不幸は突然に訪れた。
心臓の病が自分の寿命を蝕んでいると知った母は、久遠清典に頭を下げた。――どうか、私がいなくなったあとも、この子を幸せにしてください。
久遠清典は母を一瞥し、「今、この子供が幸せだと言うのか」と嘲笑した。母は何も言い返さなかった。どうかお願いしますと繰り返して、久遠グループの総帥に頭を下げ続けた。
9歳の俺は母と引き離されて、跡継ぎが不在だった久遠清典の養子となった。それ以降に母と会ったのは、弱り切った臨終間際の夜と、ひっそりと執り行われた葬儀の昼下がりだけだった。
誰も彼もが、俺に冷たい眼差しを向ける。愚かな男と愚かな女、そのあいだに生まれた子だと俺を侮蔑する。だから俺は、誰よりも完璧でなければいけなかった。話し方も立ち居振る舞いも学業も社交も、何ひとつ瑕疵があってはいけなかった。
そんな毎日に慣れ切っていたある日、ロンドン支社から帰任して数日が経っていた頃。
本社のエントランスで、懐かしい面影を持つ女性とすれ違った。彼女は、1階にテナントとして入っているカフェの通用口に入っていった。まさか、と思いつつも客としてカフェを訪れて、彼女が胸につけている名札をこっそりと見た。『宮野』と書いてあって、呆然とした。
これは、神様が与えてくれた祝福なのだと思った。だって、1400万人以上の都民が暮らす東京で、18年越しにまた会えるなんて。
彼女に声を掛けたかった。でも、突然声を掛けたら警戒されるだけに違いなかった。
2ヶ月間、ただの客として通い続けて――結局は泣いている彼女に突然声を掛けたことから、紆余曲折の末に一緒に暮らしている。
幼い俺を守ってくれた紗夜香さん。
一途に思い続けた彼女を、絶対に幸せにしたい。