極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~

 どこをどう通ってここまで来たのか、わからなかった。

 いつの間にか、満月の光が降る庭園にいた。東京という街で、こんなに美しく月が見える場所を知らなかった。庭園の中央には、精緻な彫刻が施された西洋風の噴水があった。絵画のように美しい世界から、何らかの営みの音がする。静謐な耳鳴りみたいな水の音、光をはらむ夜風が木々を騒がす葉擦れの音。

 カツン、とハイヒールの靴音が凛と響いた。
 二条さんが足を止めた。白い石畳に、光と裏腹の不明瞭な影が伸びている。二条さんの影と、私の影。

「千秋を愛しているの?」

 何の前置きも挟まずに、二条さんはそう問うた。

 咄嗟に答えることができなかった。弱く息を吐いたおぼろげな音が、私のくちびるからこぼれ出た。

 月の光の溶けた夜は青い。透き通った青い世界で、二条さんの真っ赤なドレスは鮮烈に美しかった。

「愛しているなら、身を引くべきだわ」

 カツンとハイヒールを響かせて、二条さんは私を振り返った。彼女は、圧倒的な満月を背景にして続けた。

「千秋は完璧であろうとしてるの。だから――結婚相手だって完璧じゃなきゃいけないの」

 夜に君臨する満月。私が懐かしんだのは、儚く繊細な三日月。

「あなたは千秋の完璧を台無しにする。もしもあなたを選んだら――」

 その先の言葉を、聞かせないで。
 聞かなくても、ちゃんとわかっているから。

「――千秋は、『結局あの父親と同じだった』って言われるのよ」

 濁りきった泡沫――月の光の届かない泥沼に浮かぶ泡。
 彼とは生きる世界が違う私。
 取るに足らない、何者でもない私。
< 54 / 77 >

この作品をシェア

pagetop