極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~

 泣いてもいいと言ってくれたのだとわかった。だけど、弟みたいだった千秋くん相手に、みっともない姿は見せたくなかった。

 だから、涙をうやむやにするように気軽な声で、私が馬鹿だった話をした。

 いつか結婚するんだからという甘い言葉を信じて、たった一年で、新卒で就職した商社を辞めたこと。
 スーパーのレジのパートで働きながら、彼を支える完璧な彼女を全うしていたつもりだった。
 だけど正式な婚約すらしてもらえないまま捨てられて、残ったのは、何のスキルも持たない29歳。

 ――ね、ホントに馬鹿みたいでしょ?

 繊細に弾けるスパークリングワインの泡よりも、呆気なく終わった私の愛。

 だからどうか、私と一緒に笑い飛ばして。

 みんなが憐れむような悲惨な結末なんて耐えられないから、どうか、簡単に笑える喜劇(コメディ)にして。

 私は軽快に笑ってみせた。

 だけど――千秋くんは笑わなかった。
 私の目をまっすぐに見つめて、真摯な面差しでくちびるをひらいた。

「無理をして、笑わないでください」

 はっと息を呑む私に、千秋くんは静かに続けた。

「紗夜香さんのこと、俺は絶対に笑いません」

 彼の眼差しに宿る偽りのない誠意が、失意に慣れきった心に届く。
 泣いたりなんてしたくなかった。
 だけど――誠意に触れた心が揺れた。

 感情が大きく波打って、堪えたはずの涙がこぼれた。
 不明瞭に揺らいで、にじんでゆく私の世界。

「……信じてたのに、」

 ふるえる声で、言えなかった未練をこぼした。
 未練の相手は、私を捨てた男じゃない。

 未練は――愛にすべてを捧げた、愚かで一途だった私に対して。
 愛をひたむきに信じたら、幸せになれると信じていた。
 29歳になった今――もう決して取り戻すことはできない、かつての私。
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