極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
扉をひらいた瞬間に、世界の緻密さが変わった。空間の肌触りも、光の色合いも、時の進み方も、何もかもが私の世界とは違うように思えた。
それでも背筋を伸ばしたまま、ベッドの上でかろうじて上体を起こしている、清典氏の前に進み出た。
「初めまして。宮野紗夜香と申します」
清典氏に対して、私の挨拶なんて何の意味も持たない。
だって私は、濁りきった泡沫。
貴い世界のひとたちとは、けっして対等になれない存在。
だから、前置きを挟まずに言い切った。
「私に、あなたの食事を作らせてください」
「私が無駄にできる時間などない」
私に一瞥すら向けないまま、清典氏は掛布団の上の書類に目を通す。
そんな態度は予想通りだ。
だから私は、私のすべてを賭けるしかない。
「私に1週間のチャンスをください。1週間、私があなたの食事を作ります。1週間後、あなたの体調が回復しなかったら、私はもう二度と、千秋くんの前に現れません」
「紗夜香さん……!?」
慌てた声を出す千秋くんを眼差しで制して、清典氏に対して畳みかける。
「あなたにとって、卑しい女から、大切なご子息を取り戻すチャンスです」
笑みを浮かべてそう言った。清典氏の眉がわずかに動く。
「大切な後継者を守って――ちゃんと自己管理を行ってください。あなたは、久遠グループ総帥としての責任を果たしてない」
「……何だと」
清典氏が私に視線を向けた。
「久遠グループにとって最も重要な立場にありながら、食事を怠り、自己管理を怠り……それによってグループにもたらされる不利益は、あなたの怠慢の結果です」
清典氏の視線が鋭さを帯びる。
「だから、責任を果たしてください。私はあなたのお役に立てると信じています。どうぞ利用してみて、いらなかったら使い捨ててください」
千秋くんが、一歩こちらへ踏み出す気配がした。それでも私は、清典氏だけを真っ直ぐに見つめ続けた。
「不要であれば、今日にでも捨てる」
――まずはひとつ、ちゃんと勝てた。
「ありがとうございます」
私は笑みを浮かべて、清典氏に向かってお辞儀をした。