極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
ぎぃ、と重々しい音を立てて扉がひらいた。部屋の中には、書斎の机に着席した清典氏と――その横に立つ千秋くんがいた。
背筋を伸ばしたまま、前に進み出た。柔らかな絨毯が靴音を吸い込むから、室内は静けさに包まれたままだ。
清典氏は私を一瞥した。
そうして椅子から立ち上がると、
「貴女に対する、これまでの非礼を詫びる。――すまなかった」
私に向かって頭を下げた。
私はしばし硬直した。必ず勝つつもりで挑んだ闘い――勝つつもりだったけど、でも、本当に私が勝った――?
身体から力が抜けていく。ほっと息を吐く私に、着席した清典氏が問うた。
「今日の昼食のポトフは、何を使った?」
「にんじんと、たまねぎと、じゃがいもと、ベーコンです。味付けは塩とコンソメで」
普通だな、と拍子抜けしたような顔をした清典氏は、机の上で両手を組む。
「妻のポトフの味がした。どんな料理人に作らせても、決して同じ味にはならなかったのに」
ああ、と腑に落ちて、私は簡単に説明をする。
「それはきっと、これまでに作った料理人のみなさんが、洗練されたプロの仕事を全うされたからです」
清典氏の指示を受けた吉岡さんから渡されたのは、清典氏の亡き奥様のレシピ。温かな家庭料理のレシピだった。たとえば、じゃがいもについては「皮を剥いて」という記載があったのに、にんじんに関してはその記載がなかった。プロの料理人なら雑味を取り除くため、にんじんの皮を剥くだろう。だけど、私はレシピをそのままなぞった。にんじんの皮には栄養がある。だからにんじんを皮ごと使ったし、アクについても、「浮いてきたらササッと」取った。
「……そうか」
短く相槌を打った清典氏は、千秋くんを見た。
どこかぎこちない沈黙ののち、清典氏は口をひらいた。
「私の体調は整った。もう、おまえが出しゃばる必要はない」
「……承知いたしました」
丁重に頭を下げる千秋くんに、清典氏は続けた。
「今日まで……世話をかけた」
頭を下げたまま、千秋くんがぴたりと動きを止める。
ややあって、清典氏に向き合った千秋くんは、泣き笑いに似た表情で微笑んだ。
「あなたの後継者として、当然の役目を果たしたまでです」