野いちご源氏物語 四八 早蕨(さわらび)
山荘(さんそう)はきれいに掃除(そうじ)され、何もかも片付けられた。
そこへ中君(なかのきみ)女房(にょうぼう)たちのための乗り物を寄せて、お(とも)をする立派な貴族たちが並んでいる。
(みや)様ご自身もお迎えにいきたいとお思いだったけれど、それではあまりに大げさになってよくない。
仕方なく二条(にじょう)(いん)でお待ちになっている。

(かおる)(きみ)もお供をたくさん派遣(はけん)なさった。
だいたいのことは匂宮(におうのみや)様がお決めになって、細かい具体的なことは薫の君が完璧(かんぺき)にお世話なさる。
お供も女房(にょうぼう)たちも、
「日が暮れてしまいますから、早くご出発を」
と中君をお()かしする。

<これからどうなるのだろうか>
と不安しかお感じにならないのに、乗り物に同乗(どうじょう)する女房はにこにこしながら申し上げる。
「生きていればよいこともあるものでございますね。一時は『ここにお仕えしていてももうだめだ、宇治(うじ)(がわ)に飛びこんでしまおう』などと思いましたけれど」
同じ女房でも、(べん)(あま)の悲しみに(しず)んだ様子とはあまりに違う。

別の女房は、
「もちろん亡き大君(おおいぎみ)のことは今も恋しゅうございますけれど、今日は幸せに(ひた)りたく存じます」
と申し上げた。
どちらも昔からお仕えしている(ろう)女房(にょうぼう)たちよ。
かつては中君よりも大君を大切にして(した)っていた人たちだったのに、今は手のひらを返したように、大君の話は縁起(えんぎ)が悪いと思っている。
現金(げんきん)な世の中だ>
中君は嫌になってしまわれて、返事もなさらない。

都までは、遠く(けわ)しい山道をお通りになる。
<宮様があまりお越しくださらないことをお(うら)みしていたけれど、これでは仕方のないことだったのかもしれない>
中君はようやく少し理解なさった。

(きよ)らかな月光や風情(ふぜい)ある(かすみ)のなかをお行列は進んでいく。
乗り物に慣れていらっしゃらない中君は、道のりの遠さに苦しまれる。
<山から出てきた月だって、大空はいづらくて山に戻っていくのだ。都に(のぼ)った私はどうなるのだろう。月と同じように、宇治(うじ)へ逃げかえることになるかもしれない。宇治でも心細く暮らしていたけれど、これほどの不安はなかった>
宇治での静かなご生活に戻りたいとお思いになる。
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