野いちご源氏物語 四八 早蕨(さわらび)
山荘(さんそう)のお庭では桜のつぼみがふくらみじめた。
<咲くのを見届けられずに私は引っ越すのか。慣れない都に(のぼ)るだけでも不安だけれど、住むところも落ち着かない。自分の家があってそこへ移るならまだしも、(みや)様のお屋敷に引き取られるのだもの。みっともないことが起きて世間に笑われてしまうかもしれない>
幼いころから宇治(うじ)でお育ちになった中君は、都の、しかも人の家に移ることに抵抗(ていこう)がおありになる。
それでもお口には出せず、おひとりで一日中悩んでいらっしゃる。

亡き姉君(あねぎみ)のための喪服(もふく)はもう脱がなければならない時期になった。
その日でお悲しみが消えるわけではないから、むしろもっと着ていたいとお思いになる。
中君を生んで間もなくお亡くなりになった母君(ははぎみ)のことを、中君は覚えていらっしゃらない。
だから恋しいというお気持ちはないけれど、その代わりに姉君のことを母親代わりに思っていらっしゃった。
その姉君がお亡くなりになったのだから、母親が亡くなった場合と同じ濃い色の喪服を本当はお召しになりたい。
でも、そういう例外的なことは認められないの。
ご納得できなくてこの上なく悲しまれる。

河原(かわら)で喪服を脱ぐ儀式(ぎしき)をする日には、(かおる)(きみ)が乗り物やお(とも)などをご用意なさった。
大君(おおいぎみ)がお亡くなりになったのはつい先日のことのように思われますが、もう喪服をお脱ぎになるほど時が()ったのですね。桜が咲きはじめるのと同時に、あなた様のご将来も花開くときが来たのだと存じます」
というお手紙が、花のように美しいお着物に()えられていた。

お引越しのお供をした人たちへのご褒美(ほうび)も薫の君がご用意なさる。
お供の身分に応じた物をお与えになれるようにと、いろいろ取りそろえてたくさん届いた。
「何かあるたびに、お忘れになることなくお世話してくださいますね。ご兄弟でもこれほどご親切ではいらっしゃらないものですよ」
(ろう)女房(にょうぼう)たちは申し上げる。
女の(かん)(にぶ)っているから、現実的な支援(しえん)をしてくださる後見(こうけん)役として薫の君に感謝している。

若い女房たちは何か予感がするのかしら。
「姫様が(みや)様のお屋敷へお移りになったら、きっと薫の君は(さみ)しくなって、姫様を恋しく思われるのでは」
なんて言っている。
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