月のうさぎと地上の雨男

31.月はちゃんと俺を照らしている

 大学二年の夏休み、(わたる)はまったく休んでいなかった。

 本家の書斎の一角を渡と(とおる)で使わせてもらい、二人で毎日頭を突き合わせていた。


「兄さん、この相関図を把握しておいて」


 渡は、向かいに座る透にメールを送る。

 添付した図を見て、透が渋い顔になった。


「うへ。お前、これ全員覚えてんの?」

「それ、全員じゃないよ。各家の頭領周りしか書いてないけど、実際にはそれぞれの配偶者と家族、それぞれの付き人も覚える必要があるからね」

「おう……」

園佳(そのか)姉さんの補佐をするなら、それくらいやって。父さんと俺はやってる」


 渡が園佳姉さんの名前を出すと、透は途端に顔を引き締めた。


「やるよ。俺はもう逃げないって決めたんだ」


 透はそもそも不出来ではない。不出来なら、海外の協力隊になど入れない。外国語なら渡よりずっと堪能だし、コミュニケーション能力も高い。

 日本にいなかったのは園佳と何やらあって、失恋のための逃避……と渡は透から聞いているが、本当のところは本人たちが何も言わないため、誰も知らなかった。


 渡はゴールデンウィークから夏にかけて、(ゆずる)の抱えている仕事の一覧化を進めていた。

 それを元に透への引き継ぎ資料を作るのだ。

 できたものから透へと伝えていく。


「親父はさ」

「うん?」


 ふと透が呟いた。


美佳(みか)伯母さんと……いや、やっぱいいや」

「それについて俺は聞きたくないし、知りたくない。俺は凪のことだけを考えて生きていきたい」


 渡がきっぱり断ると、透が吹き出した。


「そやそうだ。俺だってそうだよ。愛しの園佳さんのことだけ考えて生きていきたい。はー……」

「ため息が深いけど」

「園佳さんは美佳叔母さんの外交に付き添ってるから、あと一週間は会えない」

「あー、そうだったね。父さんもいないもんな」


 透が渋い顔で引き継ぎ資料を睨んだ。


「お前は? 凪ちゃんとデートしてんの?」

「まさか」


 渡は目を細めてパソコンの画面を睨んだ。


「この夏はデートは一回だけ。最終日の予定」

「本当に?」

「本当に。そもそも凪は夏の間は月へ行っているから、電話もメッセージのやりとりもほとんどない」


 それは、夏休み前のデートで決めたことだった。



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