月のうさぎと地上の雨男
 昼を食べたあとはプリクラを撮ったり謎解きをしたりして、歩き回った。

 渡が思うよりも凪は活発で、元気にはしゃぎ回っていた。

 結婚式で見た月の姫君の面影はどこにもなく、どこにでもいる女子高生そのものだ。

 とはいえ渡も他の女性と付き合ったことはなく、通っていた学校も幼稚舎から大学までほぼエレベーター式の、いわゆるご令息・ご令嬢向けの学校である。だから、あまり自分の感覚が一般的かどうかは自信がない。


「渡くん、これ一緒に撮ろう」

「あれ、一度やってみたかったの!」


 少なくとも、そう言って渡の手を引く凪はどこにでもいそうなかわいい女の子で、こうやってずっと一緒にいられたらいいのに……と思うくらいには、渡は凪のことが好きだと自覚する。



 あちこち回ったあと、渡と凪は併設のカフェで休憩していた。

 復活した猿渡と蟹沢は毒味を終えて姿を消した。

 たぶん二人の視界に入らない位置で見守っているのだろう。


「渡くん、ありがとね。付き合ってくれて」

「こちらこそ、ありがとう。楽しかった」

「……また、どこか行こうね」

「もちろん」


 渡がコーヒーを飲みながら凪を見つめると、彼女は少し照れた顔で手元のメロンソーダをストローでかき混ぜていた。


「あのね、渡くんと出かけると普通の女の子になれたみたいで嬉しいんだ。……今だけだけどさ。それでも、そういうことをしておきたかったから」

「いつか、月に戻るんだ?」

「うん。遅くても大学を出たら戻らないと」

「……俺からすれば、凪は最初から普通の女の子だと思うよ」

「そうかな」


 渡はコーヒーのグラスにガムシロップを入れながら、言葉を選んだ。

 格好つけてブラックで飲んだけど、苦くて飲み進まなかった。


「一緒に行った水族館も海も楽しかった。……だから……俺がこういうことを言うのは図々しいかもしれないけど、その、俺と一緒に普通の交際っていうの、やってみませんか?」


 凪がアーモンド型の目をぱちりと見開く。

 格好つけたことを後悔しつつ、渡も凪の瞳を真っ直ぐに見つめた。僅かに赤みがかった茶色い瞳。

 月人は一般的に地球人よりも色素が薄い。

 低い位置に下げたツインテールも相まって、ウサギっぽく見える。


「渡くん」

「うん」

「それは、私が渡くんの彼女になるってことかな」

「凪がよければ」

「渡くんは私の彼氏になる?」

「なるよ。凪がよければ」

「なりたい?」

「なりたい」

「どのくらい?」


 どのくらい?

 渡は、凪の瞳を覗き込みながら少し考えた。


「地球の体積くらい」

「月より大きいってこと?」

「そう。地球はだいたい一兆八百億立方メートル、月は二百二十億立方メートルだね」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「渡くん、サクランボあげるね」

「いいの? 一個しかない」

「恋人って、一個しかないものを譲ってあげたいくらい好きな人のことじゃない?」

「……なら、ありがたくもらおうかな」


 渡はサクランボを受け取り、そのまま口に運んだ。

 シロップ漬けのサクランボは舌が痺れそうなくらいに甘かった。


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