月のうさぎと地上の雨男
 金曜日、そわそわしすぎて宗輔(そうすけ)にからかわれながら、渡は大学を飛び出た。

 授業が終わってすぐに凪には迎えに行くと連絡してある。

 高校の校門まで行くと、見覚えのあるボディガードと車が並んでいた。

 ……月詠(つくよみ)晴原(はれのはら)、それぞれの本家の長子が通っているからだ。


「こんにちは」


 渡は迷った末に蟹沢に声をかけた。


「雨水様。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。すみません、僕のワガママで」

「とんでもない。お嬢様がそれはそれは楽しみにされていました」


 それから渡は、隣に並ぶ晴原のボディガードにも頭を下げておいた。

 渡自身が親しいわけではないが、家の付き合いがあるし、互いに顔見知りだし、挨拶をして損はないと判断した。

 たぶん蟹沢と運転席の猿渡も晴原のボディガードとは互いに面識があるはずだから、晴原に変な情報の入り方をされると不都合もある。


「結婚式以来でございますね、雨水様。明月様とはお知り合いでいらっしゃいますか?」


 晴原のボディガードがストレートに突っ込んできた。


「はい、個人的な友人でして。父も知っているので、近い内にお話させていただくかと思います」

「そうでございましたか。探るような真似をしてしまい、申し訳ございません」

「とんでもない。確認なさるのは当然です」


 とはいえ、今凪が「渡くん! おまたせ!!」と飛んできたら目立つし、どんな噂を立てられるか分かったものではない。

 蟹沢に目配せすると彼女はニコッと微笑んだ。


「雨水様、よろしければこちらでお待ちください」

「ありがとうございます。失礼します」


 渡は晴原のボディガードに頭を下げ、月詠の車に乗せてもらった。

 すぐに凪が来て、渡が車内にいることに不満そうにしたものの、蟹沢と渡で説明した。


「むー。彼氏のお迎え、楽しみにしてたのに」

「ごめんね、晴原から横槍が入ると嫌だからさ」

「……うん。私も他家からパパに話が伝わると困るからわかってる。ただのわがままです。ごめん」

「いいよ、謝らなくて。そういうかわいいわがままは、いくら言ってくれてもいい」

「……好き」

「えっ、どうしたの」

「本当に渡くんはズルいと思う。とにかく、行こうか」


 車が静かに動き出した。

 凪は一週間にあったことを楽しそうに話している。


「なんかね、私みたいに子どもっぽい子を好きになるなんて、ロリコンじゃないかとか言われたんだよ」

「うちの附属校でそこまで下品なことを言う生徒も珍しいね」

「んー、自称帰国子女で、ズバッと言えちゃう俺……みたいな」

「ああ、そういうこと」


 渡は苦笑して凪の頭を撫でた。


「別に俺は凪の容姿が好きで付き合ってるわけじゃない。もちろんかわいくて好きだよ。でも付き合おうと思った理由はそこにはない」

「そうなの?」

「凪が見せてくれた月がすごく綺麗だったんだ。だから凪とずっと、いろんなものを見たいと思ったんだよ。君といると世界が綺麗に見える。それに、凪と話すのは楽しかったから、いつまでも凪の話を聞いていたいし、俺の話も聞いてほしいと思ったんだ」


 渡なりに頑張って愛の告白のようなものを伝えたはずが、凪の反応は肩透かしだった。

 少し黙ってから、凪は渡を見上げた。


「私はね、渡くんと一緒にいると自分がすごく平凡な女の子になるの。月の姫でも、月詠のお嬢様でもない、どこにでもいる高校生の女の子。それって素敵なことなんだよ」

「平凡なのに?」


 渡が聞くと、凪は目を細めて自慢げに笑った。


「年上のかっこいい男の子に恋して、その人が笑ってくれただけでドキドキして、寝る前に声を聞きたくて泣きたくなる。渡くん、ありがとう、私を普通にしてくれて。私ね、あなたといると幸せなんだ」


 渡は無性に泣きたくなり、凪とつないだままの手をきゅっと握った。


「凪」

「うん」

「好きだよ」

「私も好きだよ、渡くん」


 二人は黙って外を眺める。

 車は静かに、揺れずに、流れるように進んでいく。

 やがて、目的のショッピングモールについた。


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