月のうさぎと地上の雨男
 渡は深く息を吐いてソファに沈み込んだ。

 凪は笑顔のままスコーンを食べていて、いつの間にサンドイッチがなくなったのか、渡にはわからない。

 渡は顔を上げて、コーヒーのお代わりをもらった。


「んー……パパがどういう反応かはわからない。過保護だから、身元がしっかりしてないといい顔をしないよ。そういう意味では渡くんに問題ないと思う。きちんとした家の出で、マナーが身についていて、ママも認めてる」

「お嬢様」


 部屋の隅で控えていた猿渡(さるわたり)が、呆れた声で遮った。


「マナーという点で、お嬢様に一言お伝えしますが、雨水様はサンドイッチを一つもお召し上がりになっていません」

「えっ、渡くん、食べてなかったの? ごめん……」

「そんなにお腹空いていないから大丈夫。たくさん食べて」

「お嬢様。雨水様はお優しいのでこうおっしゃってくださいますが、今後、くれぐれもお気をつけください」

「わかりましたよう。ごめんね渡くん」


 なんならスコーンも口にする前に消えそうだったが、渡は指摘せずにコーヒーをすする。


「あとは」


 気を取り直すように凪が続けた。


(ゆう)(あや)だけど、正直あの二人は私の彼氏っていう存在が気に入らないから、誰であってもあんまり変わらないと思うよ」

「だとしても、できれば認めてほしいし、仲良くしたいな。せっかく兄弟になるなら」

「ありがとう、渡くん。あ、渡くんも妹さんがいらしたよね?」

「うん、妹と兄もいる。兄はあまり日本にいないから、いつ紹介できるかわからないけど、妹ならいつでも紹介するよ。今受験前だから、それが終わってからで」

「もちろん。後輩になるんだよね。楽しみにしてる」


 ニコニコする凪の前に、猿渡がケーキをサーブした。

 同じように渡の前にもケーキが置かれる。

 このままだとアフタヌーンティーの三段全てを凪が食べてしまうに違いないと察したのだろう。

 渡は吹き出しそうなのを堪えて、ケーキをいただく。



 その後は正月の話をしたり、次のデートで行きたい場所などを話してカフェを出た。


「渡くん、ありがとう」


 月詠家の車の後部座席に並んで座って、凪は渡の手を取った。


「なにが?」

「いろいろ、考えてくれて」

「そうでもないよ。俺はなんにも分かってなかったから」


 渡は眉を下げた。


「月のことも、家のことも、全然分かってなかった」

「でも、今は分からないって自分で知ってるでしょ。なら、大丈夫」

「……うん。頑張る。凪の隣にいていいって、誰からも認められるように頑張るよ」


 凪の手を握り返して渡は言った。

 まずは、月の開拓の歴史からだろうか。


「でもね、渡くん」


 凪がニヤッと笑った。


「もしパパも悠も綾も渡くんを認めなかったら、二人でどこかに行っちゃおうよ」

「どこか?」

「うん。いいんだよ、別に。パパの後を継ぐのは私じゃなくたってさ。それこそ悠か綾がやればいい。でも、渡くんの隣にいるのは私じゃないとダメだから」

「……そうだね。凪じゃないと嫌だ。だったら俺が頑張らなきゃ。俺のせいで凪に何かを諦めさせたくない」


 渡は自分にできることを、考える。
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