月のうさぎと地上の雨男
「ていうか、渡と細蟹さんって知り合いだよな?」


 放課後、宗輔が怪訝そうな顔で渡に聞いた。

 二人は授業を終えて、校門に向かって歩いているところだ。


「ギリ、知り合い」

「ギリ?」

「必修が同じだけどさ、一年生ならだいたいみんな同じの取ってるだろ」

「そだね」

「で、基礎ゼミの班が一緒だったんだよ。だからまあ、挨拶はするけどさ」

「ふうん。あ、俺サークル行くわ」


 宗輔が分かれ道で立ち止まった。


「山岳サークル? 冬でもやるんだ?」

「うん。山慣れしてる先輩たちと、雪山に行くんだよ。最初は標高低い山からね。鋸山とか。あと整備されてる高尾山とか」

「あれ、山か?」

「山だよ。山を舐めちゃいけねえ。油断すると軽率に遭難するからな」


 面目な顔の宗輔に、渡も頷いた。

 というか序列四位の家の次期頭領が、そんな軽率に遭難しかねないことをしていいのだろうか。


「……それ、お前の家の誰かついて行くのか?」

「うん。こっそりついてきてるよ。俺に気配を気づかせないのが条件」

「なるほど」


 今はそうでもないが、雨水と風間(かざま)は元々、表舞台には立たない家柄だ。

 明治辺りまでは後ろ暗い汚れ仕事を請け負っていたこともあり、今でも特に風間は諜報に長けている。

 だからまあ、そういう家風なのだと渡も突っ込まない。

 令和に忍者? と思わなくもないが、諜報に長けた家系だと言えば、そういうものなのだろう。

 ……それが、渡が凪のことを宗輔に明かさなかった理由だ。

 宗輔も察しているだろうが、互いに明言しなかった。

 そうした事情を察してくれるし、実際に察することができるからこそ、宗輔は風間の次期頭領なのだ。


 宗輔は「また明日」と手を振って、サークル棟へ向かっていった。

 渡も校門に向かって歩き出す。

 門をくぐって右に足を向けたところで、後ろから足音がした。


「雨水くん!」

「……細蟹さん」


 渡が振り向くと、笑顔の細蟹がいた。


「今帰り?」

「うん」

「どこか寄るなら、一緒に行ってもいい?」


 ニコニコと見上げられて、渡は一瞬言葉に詰まる。


「いや、悪いけど人と約束してるから」

「そっか、残念」


 細蟹はさほど残念そうでもなく渡を見上げた。


「じゃあ、また」


 渡は細蟹を振り切るように、早足で高校へ向かった。



 高校の前まで行くと、月詠(つくよみ)の車が止まっていた。

 渡が車の前に立つ猿渡(さるわたり)に会釈すると、彼は笑顔で扉を開ける。

 そのまま素早く乗り込み、運転席の蟹沢(かにさわ)に声をかけた。


「すみません、後ろから誰かついてきてたりします?」


 蟹沢は視線だけルームミラーに向ける。


「いえ、雨水様の周囲に怪しい人影はございませんでしたし、気配も感じられませんでした。」

「そうですか、ありがとうございます」

「なにか、懸念事項がおありですか?」

「……俺の自意識過剰だと思うんですけど、久しぶりに登校したら知り合いとの距離感がつかめなくて。凪に心配をかけたくなかったんです」

「さようでございますか。また何かあれば、お申し付け下さい」

「ありがとうございます」


 渡が頭を下げたタイミングで、車のドアが開いて凪が飛び込んできた。


「渡くん! 久しぶり!!」

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