月のうさぎと地上の雨男
 滝草が渡と譲の席を整え、譲が到着するまでの間、月詠家の頭領――月詠(つくよみ)悠人(ゆうと)は困惑していた。

 娘の凪はずっと泣いているし、妻の美凪子は怒り狂っている。


「美凪子、凪が泣いている理由を聞いてもいいか?」

「付き合って半年ほどの彼氏がいるのに、違う殿方とお見合いさせられて絶望していたところに、彼氏が助けにきてくれたから情緒が混乱しているのよ」

「そ、そうなのか」


 立て板に水の勢いでまくし立てる妻に、悠人は頷くほかなかった。

 それが事実であるならば、この場はいったい何なのか。


「あなた、悠から何を聞かされましたの? あの子、口を割りませんのよ」

「悠は……」


 三月末に長男から聞かされた話を説明した。

 凪が不審な男に付きまとわれていること。

 雨水本家の長男が、凪の通う高校と並んで建つ大学に通っていること。

 その長男が、不審者から凪を守ろうとしているという話。


「それで悠は『元々婚約の話があったわけだし、正式に見合いと婚約をすることで凪姉さんを守りたいって申し出があったんだ』と」

「……なるほど、そういう話でございましたか」


 美凪子が頷いた。

 悠人は背筋を震わせた。妻が怒っていることは、十分に承知していた。

 きっと、悠の言ったことが概ね嘘であることも妻の発言から理解した。


「凪」

「……はい、お父様」


 目を赤くした凪が悠人を見上げた。


「彼、雨水渡くんが言ったことは本当かい? その……凪と付き合いがあるという話は」

「本当です。不審な男に心当たりはありませんが、以前同級生とトラブルになった際に渡さんに助けていただき、それ以来よくしていただいております」


 悠人が美凪子を見ると、彼女は頷いた。


「そのとおりです。渡さんは地球の別宅にも挨拶にいらっしゃいましたし、きちんと礼を尽くされていましたよ」

「……そうか」


 悠人はまだ、突然現れた『娘の彼氏』を受け入れきれていなかった。

 しかし妻は彼を認めているらしい。

 悠人は気づかれぬよう雨水渡の方に振り返った。

 背筋を伸ばし、雨水家の頭領である美佳と穏やかに談笑していた。

 横顔には、美香と補佐役である弟の譲の二人の面影が重なって見えた。


「……そうか」


 一方の貴生と佳貴は、背中を丸めて怯えたように俯いていた。

 先程まではあんなにも自信満々だったというのに。

 悠人は改めて妻と娘を見た。

 妻は娘を慰めていた。娘は、


「渡くんが来てくれたから、大丈夫です」


 とまだ涙の残る顔で笑った。

 ……悠人は休みの間は家族と過ごそうと決めた。



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