月のうさぎと地上の雨男
 悠人は微笑んで、わずかに肩を落とした。

 そして譲に顔を向けた。


「よいご子息をお持ちで、羨ましい限りです」


 譲は苦笑した。


「とんでもない。凪さんが素晴らしい方だから、息子は奮起してくれたのです。まだまだ青いですし、至らないところだらけですが、よろしくお願いします」

「こちらこそ、娘をよろしくお願いします」


 父親たちが頭を下げ合うのを見て、渡はようやく息をついた。

 凪を見ると目が合い、嬉しそうに笑っていた。

 渡は真面目な顔が崩れそうになるのを堪えて頷いた。

 しかし、凪の隣に座る美凪子まで同じように笑っており、渡は笑い出さないよう腹筋と顔に力を入れた。


「渡」

「は、はい!」


 なんとか笑いを堪えているところへ美佳に呼ばれ、渡の声は思わず裏返った。


「この場は解散とする。譲と一緒に本家に来るように」

「はい、承知しました」


 渡が頷くと、美佳は一瞬考えるような表情を見せた。


「美佳伯母さん?」

「いや、見合いなら『あとは若い人でごゆっくり』と言うところだが、渡は乱入した間男だから、そういう挨拶は不用だな」

「えっ」


 くすくす笑う美佳に、渡は不満そうな表情を向けた。


「間男は佳貴兄さんでしょう。ゆっくりさせてもらえるなら、したいですよ」

「ゆ、許さんよ!?」


 美凪子、凪と話していた悠人が声を上げた。


「ゆっくり!? ダメだダメだ。やはりまだ凪は嫁になどやらん!」

「パパ!」


 悠人が慌てると、凪は目を丸くした。


「何言ってるの! ごめんなさい、渡くん。パパ、ちょっと疲れてるの。パパ、そういうことを言わないで。私と渡くん、二人きりになったことすらないからね」

「そ、そうなのか……?」

「はい」


 渡は穏やかに頷いた。


「必ず猿渡さんか蟹沢(かにさわ)さんがいらっしゃいましたし、雨水家に来ていただいた際はうちの者が側におりました」

「そうか……」


 悠人は安心したように座り直した。

 渡は穏やかに微笑んでみせたが、一部は嘘だ。

 家に来てもらったときに渡の部屋で二人きりだったし、最初に水族館と海に行ったときも二人だった。もちろん猿渡と蟹沢は近くにいたはずだが。


「パパ」


 凪が悠人を覗き込んだ。


「少しだけでいいから、渡くんとお話させてください。猿渡と、雨水さんのところの滝草(たきくさ)さんもいらしてかまわないから、少しだけ、お願いします。ここ二ヶ月近く(ゆう)に邪魔されて、私達まともに会話もできていないの」


 二ヶ月はさすがに言い過ぎだと思いつつ、渡も神妙に頷いた。


「お時間をいただけませんでしょうか。何卒よろしくお願いいたします」

「いいじゃない」


 渡と凪が頭を下げると、美凪子が言った。


「ここで名誉を挽回してもよいのではなくて?」

「……わかった。蟹沢が車を回している間と、猿渡が室内を片付けている間のみだ」

「ありがとうパパ!」

「ありがとうございます」


 渡はもう一度頭を下げた。


「では、私たちは先にお暇しよう。重ね重ね、この度は誠に申し訳ございませんでした」


 美佳が悠人に頭を下げ、貴生(たかお)と佳貴にも頭を下げさせて先に退室した。

 その間に譲が渡に耳打ちする。


「車で待ってる」

「ありがとう。兄さんと(しずく)は?」

「大丈夫。先に帰って母さんに叱られてるよ」

「ならよかった」

「よかったか?」


 目を細める譲に渡は笑った。


「俺はこの後、頭領からのお叱りが待ってるからね」

「それくらい、甘んじて受けるんだな」


 譲は渡を小突いてから、悠人に挨拶に向かった。そのまま悠人と美凪子と共に部屋から出ていった。

 入れ替わりで猿渡と本家の滝草がやってきて、部屋を片付け始めた。


「渡くん……っ」

「凪、よかった。……ちょ、凪!?」

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