月のうさぎと地上の雨男
 渡が机を周り、腰を下ろした途端に凪が飛びついてきた。


「わた、わたるくん……っ」


 泣きながらしがみつく凪に、渡は背中を擦って落ち着かせるしかなかった。

 渡が室内を見回すと猿渡は目を背け、滝草は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「怖かった……怖かったよ……」

「うん、ごめん。怖い思いをさせて。……うちの揉め事に巻き込んで、本当にごめん」

「渡くんが悪いわけじゃないよ。……でも私、あの人は嫌だな。あのね、あの人……佳貴さんは、一度も私の顔を見てないんだよ」

「そうなんだ!? あれだけ絡んでて顔を一度も見てないってのもすごいな……。ていうか向かい合わせで座ってただろ?」

「うん。あの人、ずっとパパのほう見てたもの。無理。無理の無理」


 凪は渡にしがみついたまま、佳貴への不満を次々と口にした。

 渡は凪の背中を擦りながら相槌を打った。


「凪、次はどこに行きたい?」

「そうだなあ、ゴールデンウィークだし、映画とか……遊園地とか」

「動物園や牧場もどうだろう。あ、兄さんが帰国してるから紹介したいな」

「わ、楽しみ! お土産くれるって言ってたもんね!」

「うん。楽しみにしてて」


 渡がしがみつく凪をそっと撫でていると、影が差した。

 顔を上げると、渋い表情の滝草が立っており、静かに膝を折った。


「渡様、月詠様、間もなくお時間でございます」

「わかった。凪」

「やーだー!」


 猿渡が苦笑して凪の隣にやってきた。

 渡はそっと凪を抱きしめる。


「凪。せっかく君の父上が認めてくれたんだから、ここで信用を失うようなことをしてはいけないよ」

「やだ! やだやだ!! 渡くんを連れて帰る!」

「俺が頭領に殺されちゃうよ。凪。またゴールデンウィークが終わったら学校に迎えに行くから」

「……本当に?」

「本当に。俺は凪との約束を破ったことがないよ」

「ゴールデンウィーク中は?」

「休みの間は、凪の父上が地球にいるんだろう? 一緒に過ごした方がいい」

「うー」

「好きだよ、凪。俺だって別れたくない。連れて帰りたくてたまらない」


 凪を抱きしめる腕に、渡はぎゅっと力を込めた。少し痛いかもしれないが、きっとそのほうが互いに安心できると思った。


「うん……」

「また、うちにおいで。兄さんも紹介するし、お土産も渡す。母も妹も、凪が来てくれたら喜ぶから」

「……うん。ごめんなさい、わがまま言って」


 ようやく渡の腕から離れた凪は、涙目で顔を上げた。


「それはわがままとは言わない。俺だって凪といたい。好きだよ。君のことが好きで堪らないから、今日は帰ろう」

「うん。私も渡くんのことが好き。帰ったら連絡するね」


 渡は凪の手を引き、静かに立ち上がる。

 猿渡に目で合図し、凪を見送った。

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