空蝉の絶唱
8月30日
私が神社に着いた時、湊は既に参道脇のベンチに腰掛けていた。
ぼんやりと空を眺めているだけなのに、随分と絵になる姿だ。
彼の姿に惚けていると、やがて湊は私に気づいて手を振る。
「おはよう雪菜」
「うん、おはよう。…はいっ。昨日のハンカチ返すね。ありがとう」
「どういたしまして。隣、座りなよ」
「あ、うん」
「ほら」と促されて、私はおずおずと腰を下ろした。一気に縮んだ距離感に、どうしようもなく緊張する。
座ったはいいものの、何を話せばいいのかわからない。黙って座っているのも気まずいし、どうしたものか…。
口は開かないのに思考だけが回転していた。
「…あー…えっと…湊、いつからここにいたの?」
「今が8時だから、1時間くらいかな」
「そうなんだ。朝早いんだね」
「まぁね。俺の家がここから近いっていうのもあるだろうけど」
「いいなぁ。ウチはちょっと遠いから」
「たしかに。30分以上はかかったね」
「うん。そうだよ」
また、沈黙が広がる。けれど、慣れてきたのか、この沈黙は嫌いじゃなかった。こうやって2人、何もせずぼーっとしているのも悪くないと感じる。
相変わらず喧しい蝉の声も、今日はただの夏らしい環境音だ。
「…雪菜、今日も昼までここにいるの?」
「あー、うん。特に予定も無いし、そのつもりだよ」
「夏休みの課題は?」
「もう終わってるよ。湊は?」
「俺もだよ」
「だよねぇ。じゃなきゃこんな時期にダラダラしていられないか」
「あぁ…俊介とかはこれから慌てだすだろうけど、普通はそうだよな」
俊介ーー高田俊介くんは、湊と同じクラスの人だったはず。サッカー部だって聞いたことはあるけれど、彼は面倒なことを後回しにする派なのかもしれない。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「いや、湊とは同じクラスになったことが無かったからさ。まさかこうやって話す日が来るなんて思わなかったなぁって」
「…そう?」
「うんうん。あの有名な氷の王子と話していたなんて知られたら、私学校中の女子から睨まれそう」
言葉にしただけでも、その光景がありありと想像できてぞっとした。彼の人気を考えれば、虐められたとしてもおかしくない。
「氷の王子って…。それを言うなら俺だって学校中の男子から睨まれるよ」
「え?」
「雪の天使。知らない?」
湊の口からとんでもないワードが出てきて、一瞬思考がフリーズする。
「…ん?え?なにそれ」
「雪菜のあだ名。結構有名だと思うんだけど」
「いや、え?何かの冗談?」
「本当だって。だから、そんな雪菜を独占してたなんてバレたら、俺だって学校中の男子から恨まれるよ。絶対」
雪の天使?
雪は…名前に入っているからまぁわかるとして、天使ってなに?そういうのって可愛い子につける呼び名でしょ。こんな青白くてガリガリな私につけて良い呼び名じゃない。
ないないない。
「……今の話、聞かなかったことにしとく」
「はいはい」
「もう!テキトーに流さないでよ〜」
「じゃあその代わり、氷の王子って呼び方も封印してよ」
「うん、もう言わない!」
なんだ。湊も氷の王子って言われるの嫌なんだ。湊はかっこいいから、王子も似合うと思うんだけどなぁ。さすがにそう呼ばれて返事をするのは恥ずかしいか。私だって嫌だし。
「あ、そうだ。…湊、アイス食べない?お詫びに奢るよ」
ふと、昨日の分と今日の分のお小遣いを持っていたことを思い出した。これなら2人分のアイスも買える。
「お、いいね。でも奢るのは俺!こういう時は、俺にかっこつけさせて」
「…うーん。それじゃあ、ありがたく?」
「それで良し」
それから2人で神社を出ると、近くのコンビニへと歩く。
湊の大きな背中が影を作ってくれるから、思っていたよりも暑くない。きっと、湊のこういうところもモテる理由の一つなのだろう。
ぼんやりと空を眺めているだけなのに、随分と絵になる姿だ。
彼の姿に惚けていると、やがて湊は私に気づいて手を振る。
「おはよう雪菜」
「うん、おはよう。…はいっ。昨日のハンカチ返すね。ありがとう」
「どういたしまして。隣、座りなよ」
「あ、うん」
「ほら」と促されて、私はおずおずと腰を下ろした。一気に縮んだ距離感に、どうしようもなく緊張する。
座ったはいいものの、何を話せばいいのかわからない。黙って座っているのも気まずいし、どうしたものか…。
口は開かないのに思考だけが回転していた。
「…あー…えっと…湊、いつからここにいたの?」
「今が8時だから、1時間くらいかな」
「そうなんだ。朝早いんだね」
「まぁね。俺の家がここから近いっていうのもあるだろうけど」
「いいなぁ。ウチはちょっと遠いから」
「たしかに。30分以上はかかったね」
「うん。そうだよ」
また、沈黙が広がる。けれど、慣れてきたのか、この沈黙は嫌いじゃなかった。こうやって2人、何もせずぼーっとしているのも悪くないと感じる。
相変わらず喧しい蝉の声も、今日はただの夏らしい環境音だ。
「…雪菜、今日も昼までここにいるの?」
「あー、うん。特に予定も無いし、そのつもりだよ」
「夏休みの課題は?」
「もう終わってるよ。湊は?」
「俺もだよ」
「だよねぇ。じゃなきゃこんな時期にダラダラしていられないか」
「あぁ…俊介とかはこれから慌てだすだろうけど、普通はそうだよな」
俊介ーー高田俊介くんは、湊と同じクラスの人だったはず。サッカー部だって聞いたことはあるけれど、彼は面倒なことを後回しにする派なのかもしれない。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「いや、湊とは同じクラスになったことが無かったからさ。まさかこうやって話す日が来るなんて思わなかったなぁって」
「…そう?」
「うんうん。あの有名な氷の王子と話していたなんて知られたら、私学校中の女子から睨まれそう」
言葉にしただけでも、その光景がありありと想像できてぞっとした。彼の人気を考えれば、虐められたとしてもおかしくない。
「氷の王子って…。それを言うなら俺だって学校中の男子から睨まれるよ」
「え?」
「雪の天使。知らない?」
湊の口からとんでもないワードが出てきて、一瞬思考がフリーズする。
「…ん?え?なにそれ」
「雪菜のあだ名。結構有名だと思うんだけど」
「いや、え?何かの冗談?」
「本当だって。だから、そんな雪菜を独占してたなんてバレたら、俺だって学校中の男子から恨まれるよ。絶対」
雪の天使?
雪は…名前に入っているからまぁわかるとして、天使ってなに?そういうのって可愛い子につける呼び名でしょ。こんな青白くてガリガリな私につけて良い呼び名じゃない。
ないないない。
「……今の話、聞かなかったことにしとく」
「はいはい」
「もう!テキトーに流さないでよ〜」
「じゃあその代わり、氷の王子って呼び方も封印してよ」
「うん、もう言わない!」
なんだ。湊も氷の王子って言われるの嫌なんだ。湊はかっこいいから、王子も似合うと思うんだけどなぁ。さすがにそう呼ばれて返事をするのは恥ずかしいか。私だって嫌だし。
「あ、そうだ。…湊、アイス食べない?お詫びに奢るよ」
ふと、昨日の分と今日の分のお小遣いを持っていたことを思い出した。これなら2人分のアイスも買える。
「お、いいね。でも奢るのは俺!こういう時は、俺にかっこつけさせて」
「…うーん。それじゃあ、ありがたく?」
「それで良し」
それから2人で神社を出ると、近くのコンビニへと歩く。
湊の大きな背中が影を作ってくれるから、思っていたよりも暑くない。きっと、湊のこういうところもモテる理由の一つなのだろう。