箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
「……なるほど」
 
 リサーチデータが取り込まれたタブレット端末を指先で叩きながらそう呟いた玄野さん。ふと見上げられた視線はいつになく真剣で。
 
「この、さ。備考欄の書き込み、何?」
 
 画面をこちらに向けて私に問いかけてくる。そこには私が競合ホテルの調査中に、思わず書き添えてしまった小さなメモ。それを玄野さんが読み上げた。

「写真では豪華なスイートルームを強調していますが、導線が悪く、宿泊客のプライバシーが保たれていません。おそらく、スタッフの教育も数年前より低下しています」

「あ、すみません。それ、余計なことでしたよね」
 
 縮こまる私をよそに、玄野さんは目を細めて首を左右に振った。
 
「ここ、国内でも指折りの五つ星だぞ。実際、ネットの評価も高い。なのに巳波さんは『教育が低下している』と断言する。どうして?」

「ええと、その……ロビーの写真の隅にスタッフがお客様の荷物を預かる動作が映っていたのですが、その角度が少し雑に見えて。かつてのこのホテルは、お客様が名乗る前に名前を呼ぶのが当たり前でした。でも最近の宿泊記を読むと、マニュアル通りの対応ばかりが目立っています。それって、一番大切な『おもてなし』の質が変わってしまった証拠だと思うんです」

 玄野さんは黙り込んだまま何も言ってくれない。やはり出しゃばった意見を言ったのだと気まずさが芽生え、その空気感に耐えきれなくなった私は、慌てて付け加えた。
 
「む、昔! 家族で行ったことがあって。その時の印象はとても良かったんです。お客様に寄り添ってくれるホテルだなぁと子供心に思った記憶がずっと残っていて。その雰囲気が変わったのが残念で……つい生意気なことを書いてしまいました。忘れてください!」

「いや。忘れないよ」
 
 ニコッと、これまで見たことのないような柔らかい笑みを浮かべた玄野さんは優しい声で言ってくれる。
 
「してもらった思いとか体感を忘れずにいるってすごいな。そういうのを大事にできてるとさ、きっとまたそれを人にしてあげられるもんな。『おもてなし』精神ね。日本に求められる美徳だしなぁ。そこを日本でこそ追求していくべきかもなぁ」
 
 そう言って、玄野さんは机に肘をついて私をじっと見つめてくる。その瞳に見つめられると胸が高鳴る。自分では制御できないほどの速さで心臓を叩く音がする。
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