箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
 先に押されてしまったブザー音に落胆の声をこぼしたら玄野さんに案の定笑われる。

「プッ」

「そんなぁ」

 私より先に素早く押す人がいたようだ。私の指先は行き場を失ってしまった。

「残念だったね」

「はい……」

「歩くの平気?」

「え?」

「ちょっと戻るけど、もう一駅先で降りてもいいよ?」

 ――え、それって……。

「押したいんでしょ? 今日はもう直帰になるし……帰りバス乗らないだろ? 次いつバス乗るかわかんないしな」

「い、いいんですか?」

「どーぞ」

 おかしそうに笑いつつもそんな優しい言葉をくれるから胸がホワッと緩んでくすぐったい。

「あ、ありがとうございま……きゃあ!」

「わっ!」

 見上げてお礼を言いかけた私は、いきなり揺れたバスに足元がふらついて……。

「っぶね。大丈夫?」

 問われて勢いよく首を縦に振る。車内には揺れに対しての謝罪アナウンスが流れたがしっかりと耳に入ってこない。

 なぜなら――。

 ――こ、腰に手が……!

 玄野さんの手が、腕が私の腰を抱くように支えてくれているから。揺れてふらついた私を咄嗟に支えてくれただけだ、それはわかっているのに。

 急に縮まった距離が、初めて出会った日を思い出す。

「ごめん」

 パッとその手が離されてハッとした。私に触れてしまったことへの気まずさを空気で察して思わず声を荒げた。

「いえ! 私こそすみません! しっかり持たずに……支えていただいて助かりました」

「いや、うん……ごめん。思わず手が出て……あ、もう押さないと」

「え、あ!」

 言われて勢いよく目の前のボタンを押したら響くブザー音、それに単純に興奮してしまって……それは顔に出ていたのだろう。

「ふふ……」

 また笑われた。

「笑わないでください……」

「ごめん。でもだって……ふふ……」

 玄野さんの顔が甘く緩んで見つめられると胸が高鳴る。いろんな意味で恥ずかしい、でもどうしたって嬉しくて。

 ――このままずっと、降りなくてもいいのにな。

 そんなどうしようもないことを願ってしまった。
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