箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
「……本当にここでいいの?」

「はい! ここがいいんです!」

「……」

 玄野さんは、店の入り口にかかったお世辞にも綺麗とは言えない「営業中」の木札を見つめて絶句している。
 
 そこは仕事帰りの男性たちが吸い込まれていく、眩しい黄色とインパクトのある太字の看板が目印のガッツリ系ラーメン屋。店内からは濃厚な豚骨の匂いと、威勢のいい「いらっしゃいませぇ!」という声が漏れ聞こえてくる。

「その、本当にいいの?」

「何がですか?」

「あそこを見て。床、光ってるだろ? あれ、ワックスじゃなくて油だよ? 巳波さんのヒールや白いスカートが汚れるかも……」

「構いません!」

 全く気にならない! そんな意思表示を見せても玄野さんは浮かない表情で。迷う気持ちが見える、余計な気遣いをたくさんさせている気がしてならない。それを察するなら諦めるのが後輩として人として正解なのかもしれないが、私はどうしても譲れなかった。

「玄野さんが言ってって言ってくれたんですよ?」

「そりゃそうなんだけどぉ……」

「一度もないんです、私。ラーメン屋さん、ずっと憧れてた」

「憧れるような場所でもない気がするんだけどぉ……まぁ、女の子ってあんまりこういう男くさい店って来れないもんか……ラーメン食べたことないとか言う?」

「さすがにラーメンくらいはありますよぉ!」

 胸を張るように言い返したら玄野さんがジッと疑うように見つめてくる。

「金華ハムで出汁をとったっていう琥珀色の透き通ったスープに、型抜きされたお野菜が綺麗に並んだやつ。それラーメンですよね?」

「それは上湯(シャンタン)だろ。ここの背脂たっぷりのギトギトスープは、もはや別の惑星の食い物だぞ」

 そう言い返されて首を傾げてしまう私だが、なおさら別の惑星の食べ物とやらが食べたくなる。それが表情でわかったのだろう、子供のような期待に満ちた瞳で見上げてしまい、呆れた顔ではあるものの玄野さんは降参したような溜息をついた。
 
「わかったよ。ただ、ここで『フカヒレはどこ?』とか聞くなよ? この店にあるのは、男の意地と大量のニンニクだけだからな」

「明日はお休みなのでニンニク大丈夫です!」
 
 その返しにプッと笑う玄野さんの顔はやっぱり優しげで。そしてその笑顔で私の我儘に付き合ってくれるのがわかった。
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