箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
 人がひとりいなくなったところで社会は何も変わらない。抜けた穴を埋めるために多少人が走り回ることがあってもそれは時間と共に流れが変わり落ち着いていく。自然とその穴は埋まり、またなかったものとして回り始める。

 それでもどうしてだろう。俺の心の中には日に日に埋まらないものがある。

 彼女がいなくなってしまった俺の世界は色あせてしまった。名を呼び駆けつけてきてくれる彼女がいない現実が辛い。振り向いたそこにいつもいたはずの彼女の影を探してしまう。

 心が……どこにも行けないような寂しさが俺を蝕むように襲ってくる。

 彼女は今、どうしているだろう。

 俺に背を向けたその日に、退職手続きの話が降りてきて愕然とした。

「おいおい、やりたい放題だな。お嬢様は」

 浅い笑いと共に呆れた声でそうこぼした杉山さんの言葉に胸が締めつけられる。

 やりたい放題は彼女がではない。彼女を取り巻く現実が、思いやりを履き違えた優しさが彼女の人生を縛りつける。

「我儘、すみません」

 彼女の声がずっと脳裏に焼きついて離れない。

 ラーメン一杯食べるだけで、そんな風に頭を下げた彼女に俺は言った。
 
「こんなの我儘に入らないよ。(やっす)いお願いだわ」

 何気なく発した言葉だった。ラーメン一杯くらい……彼女が食べている物のほうが手が出ないような高級なものばかりだろう。よっぽどうまいものを食べているはずだ。そんなものたちと比べたら彼女が飛び込んだ世界など何とハードルの低い物たちばかり。

 ――なんでも聞いてやりたい。

 そう思う気持ちの答えが今になってわかる。

「こんなことで喜ぶなら、どんなとこでも連れてってやりたいって思ったの」

 そう言った俺の言葉に目を見開く彼女。その表情は驚きに満ちていたが、言葉にならない声が聞こえた。

「本当に?」

 まるでそんな風に言っているような、救いを求めるような表情に俺は直視できなくて目を逸らしてしまった。

 でも今なら言える、言ってやれる。

 本当だよ。
 俺が、してやりたいって思ったんだよ。

 行きたいところに連れて行ってやりたい。
 したいことを一緒に、やりたいことを叶えて……そして……。

 ――この子のそばに、いてやりたい。

 泣かせた今だから、背を向けられた今だからこそ思う。

 掴みたいと、思うものがあればそれを諦めたくない。俺がだ。

 諦めて、受け入れて納得するばかりの人生、それは俺も同じだ。でもそれを幸せだと感じたときはない。そういうものと自分を納得させてきただけで抗えないと諦めただけだ。

 俺だって……諦めたくない気持ちくらいある。

 俺にだって……手にしたいものはある。
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