『君のためを思って』と婚約者に言われ続けたので『自分のため』に生きることにしました【短編】
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「ごめん、待った?」
「もうっ! おっそーい!」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませるローゼ男爵令嬢に、ハインリヒは目を細めた。愛しさが込み上げてぎゅっと抱きしめると、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
彼は、このお人形みたいな男爵令嬢に夢中だった。
ローゼは背が低めで華奢で、ピンクがかったミルクティー色の巻き毛とくるんとした丸い瞳。それはシャルロッテと違って、庇護欲を掻き立てられた。
ころころとよく変化する表情や、甘えん坊な態度も、他の貴族令嬢にはない魅力を持っていて、彼はぐんと惹かれた。
貴族の婚姻は、全てが政治的な意味が孕んでいる。
ハインリヒ自身も、己の家門とシャルロッテの家門の関係性や、社交界の勢力図は頭に叩き込まれてある。
将来の地位や名誉を考えればシャルロッテと結婚するのが最適解だし、高貴な血を残したいという願望もある。
自分みたいな特別な人間には、彼女のような特別な令嬢が相応しいのだ。
しかし、結婚と恋愛は別である。
ハインリヒは年頃の健全な男子であり、女性に対して欲望を持っている。
正直、真面目なシャルロッテと一緒にいたら息が詰まる。
だから、一緒にいて楽しいローゼを選んだ。彼女は危険な遊びも付き合ってくれて、体を重ねる関係になった。
学園を卒業したら、貴族としての厳しい責務が待っている。
今は束の間の穏やかな時間だ。その短い間くらい、羽目を外してもいいじゃないか。