【完結】【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

◆6 危険人物


◆◆◆ 6 危険人物 ◆◆◆


「玻璃さん……今日は、休んでいるんですよね?」

「あ……ああ」

 確認され頷く。

「玻璃さんの好きなゲームは知っています。今日は七月一日ですよね?」

「あ、ああ」

 再び頷く。賢吾の眼鏡が一瞬、光ったように見える。

「エンディングの一つでもある『逃避行ルート』に、分岐したのかもしれません。君の言う事が、本当に『そう』であるなら、ですよ?」

「……っ! 詳しく教えてくれ!」

 賢吾から、ゲームについての知識を得た。

 愕然とする。
 紫織は……お兄さんのルートに入った?

 いや、そこよりも。
 問題のある箇所が、オレの動悸を強める。

 殺人鬼が、彼女を狙っている?

「は? 嘘だろ? ふざけんなよ!」

 思わず、声を荒げる。

 教室が水を打ったように静まる。クラスメイトらの視線が、オレたちへ集中している気がする。けれど今は、それどころじゃない。賢吾を睨む。

 賢吾も、ゆっくりと……もう一度、眼鏡を押し上げて睨んでくる。
 慎重な声音だった。

「疑わしい人物は、彼女の知人である可能性が高いです。ゲームでは『登場人物』内に、いましたから」

 賢吾を見据えて尋ねる。

「……信じていいんだな?」

 教えてもらっておいて失礼な言動だとは思うが。もしも賢吾が殺人鬼だった場合、オレをかく乱する為の嘘を話に混ぜる事も可能だ。時間が残されていない今、確認のしようもない。

「信じた方がいいですよ。後悔したくないのなら。僕も、後悔したくないので話しました。玻璃さん……『彼女』には、まだ……生きていてもらわないと困りますから」

 強い視線に、見透かされている気がした。

『後悔したくないのなら』

 放たれた言葉が、胸に刺さっていた。
 過去に二度、紫織を失った。一度目は、高校生だった時。二度目は……。

 吐き気がしそうだ。抑える為、それ以上は考えないようにする。

 ――何でもいい。紫織を救えるのなら。何でもする。

「賢吾、教えてくれ。紫織を助けるには……オレは何をしたらいい?」

 真剣に頼んだ。賢吾は驚いたのか目を見開いている。フッと笑われた。

「玻璃さんの本当の名前……紫織さんって言うんですね。なるほど」

 眼鏡をクイッと押し上げ、強気な雰囲気の目付きで言及してくる。

「協力しますよ。イベントが起こるのは恐らく、明日の朝方……。場所は…………今日の夕方までに調べて伝えます」

「分かった」

 舞台のモデルになった場所だろうか?
 賢吾なら、既に知っていそうだと思う。ここで言わないのは多分……近くにいる人物の中に殺人鬼役がいないと断言できないからだろうな。オレも……疑われているかもしれない。


 ハッと思い至り、教室から廊下へと出る。他クラスへ入ろうとしている顔見知りに声を掛ける。

「拓馬を呼んでほしいんだけど」

「拓馬? あれ? あいつって……。おーい。今日、拓馬来てるー?」

 顔見知りの生徒が教室内へ呼び掛けると、返事が聞こえる。

「いんやー? 休みだってよー?」

「あいつ、今日休みだって」

 まずい。拓馬は以前、屋上で紫織に話していた。「オレは未来から来た」と。もしも……もしも奴が殺人鬼役だったとしたら……? 先を越された?

 紫織が危ない。



 そして――。

 その日の内に、「殺人鬼役」が姿を現す。紫織の元へ向かう電車の中で。
 オレは、そいつと対峙するのだった。




 そろそろ先生の来る頃だ。教室に戻ろうとしていた。

「多一!」

 呼び掛けられて顔を上げる。
 教室手前の廊下に立っていたのは、仁だ。

「オレ……人を信じ切れないところがあって…………」

 仁は暗い表情で言い淀み、制服の左胸の辺りを握っている。

「怪しい奴を知ってる」

 告げられた内容に衝撃を受ける。

「何だって?」

 思わず聞き返す。うろたえていた。動悸が高まる。
 近寄って来た仁は、声を潜める。

 件の人物の名を聴く。


 その後の休み時間中。賢吾はスマホを見ながら、ノートに何かを書き留めている様子だった。


 放課後になった。

 調べ終わったのかもしれない。賢吾が自分の席で本を読み始めた。声を掛ける。

「賢吾! 教えてもらってもいいか? 今朝の件について。読書してるとこ悪いんだが……っと? お前、大丈夫か? 本が、逆さになってるぞ?」

 賢吾の手にしている文庫本は、よく見ると上下逆転している。

「いえ、大丈夫です。気付いてくれてありがとうございます」

 賢吾が眼鏡越しに、目を細める。ニヤリとした笑みを送ってくる。

 ……? 調べるのに疲れて、ぼーっとしているのか?

「『逃避行ルート』の舞台は、この地域にあると聞いていました」

 賢吾が話し始める。ノートにざっと描いたらしい地図を指差して、オレたちの住む地域より北にある市を示してくる。仁と三弥と恭四も、賢吾の周りに集まり聞いている。

「海沿いの道で、例のゲームにあるスチルの背景に似た場所は……恐らく、この辺りでしょう」

 更に詳しい場所を伝えられる。地図の上に指でなぞられた縦長な楕円の内側には、数字が書き込んである。1から……9まで?

 その内の一つに、賢吾の指が止まる。

「僕は『9』が怪しいと思っています」

「分かった」

 頷いて返事をする。

「9番だね」

 仁も微笑みを浮かべて了承した。

「それにしても……心配ですね……」

 賢吾が苦笑いしながら、小さく言った。

「賢吾も考え過ぎだよな」

「だね」

 恭四と三弥だ。恭四は楽天的に、三弥はまだ虫の居所が悪そうなニュアンスの反応だった。

「いや、ちょっと……殺人鬼役の人がですね……」

 賢吾は何やら、ゴニョゴニョと歯切れが悪い。

「よっし! オレも捜すの協力するぜ! その代わり。今度の掃除当番を代わってくれ!」

 恭四が名乗り出てくれた。

「……いや。恭四には、ここに残ってほしい」

 慎重に口にする。凄く残念そうな顔をされた。

「別に、任せたい案件がある」

 付いて来るよう恭四を促す。


 廊下の端まで歩いた。振り返り、恭四と向き合う。ほかの奴は、教室に残して来た。確認して明かす。

「見張ってほしい奴がいる」

「何だって?」

 驚いたように聞き返される。

 詳細を教える。声を抑えた。



 話し終わり、教室へ戻る。賢吾の描いた地図をスマホで撮影した。


 一旦……家に帰り、準備をしてから駅へ赴く。仁と落ち合い、電車に乗って目的地へ向かう。


 暫くして、ポケットに入れていたスマホが振動しているのに気付いた。見ると、賢吾からの着信だった。
 電車内で通話するのもな……と考え、降りた後で掛け直そうとメッセージを打ち始めていた。

 しかし。一度止んだ振動が、再び起こる。

 ――緊急の要件かもしれない。

 画面に表示されている応答ボタンを押す。


「やめてくださいっ! 二人ともっ!」

 賢吾の声が聞こえる。今まで耳にした事のない程に、慌てているような気配だった。
 三弥らしき声も聞こえてくる。

「これなら、どうかな?」

「ぶあっぷ! ……っペッ! ペッペッ! おえっ! 砂で目くらましとか、卑怯だぞ! ……って、あてっ! あてててててっ! ギブ! ギブだからっ!」

 恭四の悲鳴が、悲痛な響きを帯びる。

「あぁ~~~~ーー!」

「そんな……なんて残酷な……」

 賢吾の呟きを最後に、通話が途切れた。


 呆然としていた。

「な、なにが起きたんだ?」

 口にして仁を見る。仁も、目を大きく開いていた。「さあ……?」と呟き、口元に手を当て考える素振りで、オレのスマホへ視線を落としている。オレもスマホを見つめる。


 スマホが振動した。すぐに出る。

 恭四からだった。

「全く……イテテッ……骨が折れたぜ」

 賢吾の声も聞こえる。

「本当ですよ。恭四のは、脱臼ですけどね」

「何があったんだ?」

 尋ねると、賢吾が応じる。

「校庭で恭四と三弥が……」

「ちょっと代わって!」

 賢吾が説明している最中に、三弥が遮ってきた。

「どういう事? まさか、ボクを疑ったのか? ……お前とは絶交だ!」

 感情を昂らせたような剣幕で一方的に言い渡され、通話も切られた。


「……ったっ」

 小さな声を耳が拾う。横に座っていた仁の様子がおかしい。

「いたたた」

 腹部を押さえて上半身を屈めている。

「どうしたっ?」

「腹が……イテテテ……そう言えば学校を出る前に、三弥が干し柿を食べてて美味しそうだったから一つもらったんだ。さっき食べたんだけど、その頃から腹の調子が……」

「干し柿?」

 眉をひそめる。

「オレなら大丈夫。次の駅で休んで、後から行くよ。悪いが、先に行っててくれ」

 仁の提案に頷く。口を開く。

「……ああ。分かった。『殺人鬼役』だったのは、お前だったんだな……仁」

 仁が、目を大きくする。

 鼻で笑う。

「三弥が怪しいと言ってきたのも、オレの意識を逸らす為か? 通話した三弥の言動で、かく乱しようとしたのがバレると思って焦りでもしたか?」

 仁は黙ったまま、視線を寄越してくる。

「お前……本当に、玻璃のほかには興味ねーのな」

 言及する。

 車内アナウンスが聞こえる。あと少しで、次の駅に到着するらしい。

 教えてやる。

「違和感があった。三弥は確かに干し柿が好きだと言っていた。だがそれは三弥のばあちゃんが作ってくれていたからで、ばあちゃんが亡くなってからは一度も食べていないと言っていた。ばあちゃんの干し柿の味を忘れない為に」

 電車が駅に停車した。ドアが開く。

 仁が立ち上がり、扉の方へ歩もうとしている。何か……ぶつぶつと呟いている?

 奴が外へ出る直前に、肩を掴んで止めた。

「絶対に、紫織の元へは行かせねえ!」

 意志を言葉にした時「パンッ!」と、音が鳴った。


 車内の照明が割れた音だったのだと、気付いたのは……運ばれた病院のベッドで、目が覚めた後だった。
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