時を縫う英雄譚

第八話

 朝のホームルーム。
 出席簿をめくる音が、やけに大きく響いていた。


「……じゃあ、次。佐伯――」


 担任が一瞬、言葉に詰まる。
 黒板の前で、名前をなぞる指が止まった。


「……佐伯、えーと……」


 教室が静まる。
 

「せんせー、そんな奴いないっすよ!」

「……あれ、寝ぼけてんのかなぁ」


 ゲラゲラと笑い声が響く。

 担任はそう言って、何事もなかったように後頭部を掻きながら歩き出す。

 その瞬間だった。


(……違う)


 一ノ瀬透は、胸の奥に引っかかる感覚を覚えた。


(“空席”じゃない)


 机の列。
 窓際、後ろから二番目。

 ――そこは、誰かが座っていた場所だ。

 佐伯、だっけ。

 視線を落とすと、
 その席の机だけ、やけに綺麗だった。
 傷も、落書きも、消しカス欠片ひとつない。


(……こんなに静かだったか?)


 透は無意識に、指先で自分のノートをなぞる。
 ページの端に、小さな走り書きがあった。

『佐伯 幸介』

 自分の字だ。
 だが、思い出せない。

 誰だ。
 佐伯って。
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