時を縫う英雄譚
「クロノス!」


 芽吹が叫ぶ。
 透は、歯を食いしばった。

(違う……あれは灯じゃない)

 分かっている。
 分かっているのに、視線が切れない。


『いっしょに、帰ろ!』


 影の中の灯が、手を伸ばす。

 ――掴めば、終わる。

 手を伸ばそうと上げた瞬間。


「《ヴァイン・ロック》!」


 芽吹の糸が地面を走り、
 透の足元を地面と縛った。


「うわっ――!」

「だめ、クロノス!」


 芽吹の声は、震えていなかった。


「“それ”は囮!
 あんたの記憶を引き剥がすための構造体!」


 影が唸る。
 無数の目が、芽吹を睨む。


「……っ」


 芽吹は一歩も引かない。


「私は“守る側”だから!」
 
「……やれやれ」


 フォールが、深く息を吐いた。
 風が、集まる。


「初連携がこれかよ。
 君ら、ほんと容赦ないな」


 次の瞬間。


「《エア・ブレイク》!」


 圧縮された風が虚影の群れを切り裂く。
 だが、裂けた影の奥から、また“灯”が現れる。


『どうして…!!
 あかりよりそっちの人の方が役にたつの…?』


 それは、紛れもなく灯の声。
 透の視界が、白く染まる。

 
「クロノス!!」


 芽吹の叫び。
 フォールの手が透の耳を塞ぐ。


「……聞くな。
 それは“反響”だ」


 フォールは、虚影を睨みつけた。


「――ECHO……」


 その言葉を口にしかけて、強制的に言葉を噛み殺す。

 空気が、歪んだ。
 芽吹が気づく。


「……今、何て?」

「聞かなくていい」


 フォールの声は、珍しく硬かった。


「それは、口に出すと色々とヤバいからな」
 
 虚影が、一斉に動く。


「来る!」


 透の視界が、戻った。


(……俺は)


 闇糸が、震える。


(俺は、縫う側だ)


「《ナイトステッチ・クロスライン》!!」


 闇糸が走る。
 芽吹の拘束糸が補助線となり、
 フォールの風が進路を歪める。

 三つの力が、一瞬だけ噛み合った。
 虚影の中心が、裂ける。

 その奥で。
 灯の姿が、ほどけるように消えた。


『……おにぃちゃん…また来るからね』


 声だけが残り、影は霧散した。
 
 世界が、戻る。
 音。
 光。
 人の気配。

 交差点には、何事もなかったかのように人々が歩いている。
 
 沈黙。
 最初に息を吐いたのは、フォールだった。


「……今のは、警告だね」

「何の」


 透が問う。
 フォールは、答えなかった。
 ただ一言だけ。


「“回収対象”が、
 君の記憶を通じて観測され始めてる」


 芽吹が、透を見る。
 透は、さっきまで、確かに灯がいた場所を見つめる。


「……次は」


 透は、低く言った。


「本物が出てくる」


 フォールは、苦く笑った。


「だろうね」


 そして、小さく付け足す。


「――だからこそ、
 三人で動く意味が出てきた」

 
 電光掲示板が光る。

 〈記憶補正キャンペーン〉

 その裏で、
 決して表示されない計画名が、静かに進行していた。
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