『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』

第10話∶残光のエンゲージ 〜天才少女が「ただの女の子」になる日〜

1. 薬指に刻まれた、重すぎる愛のコード
「……夢じゃ、ないんだよね」
朝靄に包まれた、いつもの第3工芸準備室。窓から差し込む光が、私の左手の薬指で静かに輝く『ギアの指輪』を照らしている。
本物のダイヤが埋め込まれた、特製のエンゲージ・リング。
昨日の夜、崩壊する学園の中枢で、湊くんが私にくれた「一生モノのバグ」。
(……バカ。私、ただの中学生だよ? 結婚なんて、まだずっと先の話なのに)
心臓の音が、耳の奥まで響いてうるさい。
レンチを握るたびに、指輪がわずかに当たって、カチリと硬い音を立てる。そのたびに、あの時、湊くんの唇から伝えられた熱い体温が蘇って、顔が爆発しそうになる。
「……おはよう、僕の可愛いメインエンジニア」
背後から、不意に温かい腕が私の腰を包み込んだ。
耳元に触れる、甘くて低い声。振り返らなくてもわかる。世界で一番、私の心をかき乱す王子様――一ノ瀬湊くんだ。
「み、湊くん! 近い、近すぎるってば! 今、精密作業中なんだから!」
「いいじゃないか。誰も見てないよ。それに……昨日の続き、まだ終わってないだろ?」
湊くんが私の肩に顎を乗せ、いたずらっぽく微笑む。彼のミルクティー色の髪が私の頬に触れて、シトラスの香りが脳内CPUを麻痺させる。
湊くんの手が、私の左手をそっと取り、指輪の場所を愛おしそうになぞった。
「似合ってるよ、カンナさん。……でも、その顔。何か、不安なことでもある?」
湊くんの瞳が、私の心の奥を見透かすように真っ直ぐに見つめてくる。
私は、言い淀んだ。
学園を救い、理事長の野望を打ち砕いた。でも、私の中には、消えない「ノイズ」が残っていた。
2. 「天才」の期限と、迫り来る影
「……湊くん。私ね、昨日から、機械の『声』が聞こえにくくなってるの」
私は、愛用のマルチドライバーを見つめた。
いつもなら、触れるだけで回路のどこが泣いているか、どこのハンダが浮いているか、一瞬で分かった。
でも今は……ただの、冷たい金属の感触しかしない。
「プロジェクトZ……。私を天才にしたあの実験は、たぶん、終わったんだと思う。私のこの『型破りな力』は、もうすぐ消えちゃうかもしれない」
(もし、私がただの、どこにでもいる女の子に戻ったら……)
(あなたは、まだ私のこと、必要としてくれる?)
不安が、黒いオイルのように胸に広がっていく。
私が彼に愛されたのは、私が「無敵のメカニック」だったからじゃないのか。
湊くんの人生を彩る「便利なツール」だったからじゃないのか。
そんな私の弱い心の声を、彼は、拒絶するように強く抱きしめることで掻き消した。
「カンナさん。……君は、自分の価値をまだ分かってないんだね」
「……え?」
「僕が恋したのは、機械を直せる君じゃない。……機械を直している時の、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも優しい、君の『目』に恋したんだ」
湊くんの手が、私の頬を包み込む。
「天才だろうが、ただの女の子だろうが、そんなの関係ない。君がバグだらけのまま僕の隣にいてくれるなら、僕はそれだけで、世界中のシステムを敵に回したって構わないんだ」
彼の瞳に宿る、狂おしいほどの独占欲。
爽やかな王子様の仮面の裏にある、泥臭くて熱い「本音」。
私は、その熱に浮かされるように、彼の胸に顔を埋めた。
3. シルバーヘアの再会と、残酷な真実
その時、閉ざされた扉が、ゆっくりと開いた。
「……感動のシーンを邪魔して悪いけれど。一つ、忠告に来てあげたわ」
そこに立っていたのは、ボロボロの制服を着た皇エリカだった。
昨日の敗北で、彼女の完璧なロジックは崩れ去ったはず。なのに、その瞳には、かつてないほどの「焦燥」が浮かんでいる。
「エリカ? 何の用だよ。おじい様なら、もう……」
湊くんが私を守るように前に出る。だが、エリカは首を振った。
「違うわ。……カンナ、あなたの体、もう限界のはずよ。『プロジェクトZ』の真の目的は、感情をエネルギーに変えることじゃない。……感情そのものを『演算処理』に使い、脳をオーバークロックさせることだったの」
エリカが掲げたタブレットには、私の脳波の異常なグラフが映し出されていた。
「天才的な発想をするたびに、あなたの脳細胞は少しずつ焼き切れている。……昨日、あなたが学園全体をデバッグした時の負荷は、通常の人間なら即死するレベルだった」
「……何、だと?」
湊くんの声が、激しく震えた。
「今のまま湊と一緒にいれば、あなたは幸せを感じる。幸せを感じるたびに、脳の演算が走り、あなたの命を削っていく。……この恋が実れば実るほど、カンナ、あなたは『死ぬ』のよ」
(嘘……。そんなの、あんまりじゃない)
(やっと、両想いになれたのに。やっと、私の居場所を見つけたのに)
恋をすれば、死ぬ。
幸せになれば、壊れる。
神様はどこまで、私に「バグ」を背負わせれば気が済むんだろう。
4. 泣き虫なシンデレラ、雨の中の決意
私は、準備室を飛び出した。
湊くんが呼ぶ声も、七海たちの心配する声も、今は何も聞こえない。
降り出した雨が、ツナギを重く濡らしていく。
たどり着いたのは、第1話で湊くんと出会った、あの自販機の前。
「……直してよ」
私は自販機の無機質な鉄の板を叩いた。
「私のこの、バカみたいな運命、オーバーホールしてよ……!!」
土砂降りの雨の中、私は一人で泣いた。
機械なら、部品を換えれば済む。
でも、私の心は、湊くんという「たった一つのパーツ」なしでは、もう動かないように作り替えられてしまっている。
「……見つけた」
ずぶ濡れになりながら、湊くんが私の前に立っていた。
傘もささず、彼は私を真っ直ぐに見つめている。
「カンナさん。エリカの話、信じなくていい。僕が、何としてでも……」
「ダメだよ、湊くん!」
私は叫んだ。
「私があなたを好きでいるだけで、私は壊れちゃうんだよ!? あなたの隣にいることが、私を殺す毒になるんだよ!? ……そんなの、私、どうすればいいの……っ」
雨の音に消されそうな私の絶叫。
けれど、湊くんは迷わなかった。
彼は私に歩み寄り、冷え切った私の体を、折れそうなほど強く、激しく、自分の体温を移すように抱きしめた。
「……だったら、一緒に壊れよう」
「……え?」
「君が死ぬなら、僕も死ぬ。君が壊れるなら、僕が君を最後の一片まで修理し続ける。……運命が君を拒むなら、僕がその運命ごと、この世界を『再構築(リビルド)』してやる」
湊くんの腕の中で、私は聞いた。
彼の、激しく、乱れた、でも確かな心臓の音。
それは、どんな精密機械よりも正確に、私への愛を刻んでいた。
5. 伏線回収:五ミリの隙間に隠された「遺言」
「……カンナさん。これを見て」
湊くんが取り出したのは、エリカに没収され、ボロボロになって戻ってきた私の『工具バッグ』の中身だった。
その底に、ひっそりと隠されていた、小さな小さなメモリーカード。
それは、私の両親が、プロジェクトZから追放される直前に遺した「最後のデータ」だった。
「……お父さん、お母さん……?」
震える手でデータを読み込む。
そこには、驚くべき真実が記されていた。
『カンナへ。もし君がこのメッセージを読んでいるなら、君は誰かを心から愛したということだろう。プロジェクトZの副作用……脳のオーバークロックを止める方法は、たった一つ。……それは、演算機能を「他者」と共有することだ』
「共有……?」
『一人で背負えば、脳は焼き切れる。でも、同じ波長を持つパートナーと意識を同期させれば、負荷は半分になる。……そのための鍵(デバイス)は、君たちが幼い頃に作った、あの「不完全なロボット」のギアだ』
私は、ハッと息を呑んだ。
指先に嵌められた、このギアの指輪。
そして、第1話で湊くんのスマホに仕込んだ、あの『5ミリの隙間』。
すべては、この瞬間のために繋がっていたんだ。
「湊くん……! 私たち二人なら、このバグを乗り越えられるかもしれない!」
「……ああ。最初から、僕たちは二人で一人だったんだ」
湊くんが私の額に、誓いのような熱いキスを落とした。
雨は、いつの間にか上がっていた。
雲の隙間から差し込む月光が、私たちの重なり合う指輪を、祝福するように照らし出す。
「……さあ、いよいよ大詰めだね。カンナさん」
「ええ。私たちの恋を邪魔する『運命』っていう名のクソシステム……今から根こそぎ、デバッグしてやりましょう!」
学園の地下で、再び不気味な鼓動が響き始める。
理事長が隠し持っていた、真の最終兵器――『零号機・真覚醒』。
けれど、もう怖くない。
私の隣には、私の命を半分背負ってくれる、最高のパートナーがいるから。
爆走メカニカル・シンデレラ。
恋のバグ、それは世界を救うための、最強のエネルギー。
いざ、最終決戦(クライマックス)へのカウントダウン――開始!!

つづく
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