『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』

第11話∶運命の同期(シンクロ) 〜壊れた世界の真ん中で、君と溶け合う〜

1. 嵐の前の、熱すぎる静寂(サイレンス)
「……いいの? 本当に。後悔しても、もうアンインストール(やり直し)はできないよ」
学園の最上階、崩れかけの時計塔の裏。月光が銀色のナイフのように鋭く差し込む場所で、私は湊くんと向かい合っていた。
私たちの周囲では、学園そのものが『零号機・真覚醒』の咆哮を上げ、重いギアの噛み合う音が、まるで巨大な獣の心音のように響いている。
私の左手にある『ギアの指輪』と、湊くんの手にある対のリング。
これが、私の焼き切れそうな脳を救い、二人で一つの演算能力を得るための唯一のデバイス。
でも、それをするということは、私の感情、記憶、そして「私」というプログラムのすべてを湊くんの意識と直結させるということだ。
「後悔なんて、とっくにデバッグ済みだよ。……むしろ、やっと君の全部を独り占めできるんだ。嬉しいくらいだよ」
湊くんが、私の震える指を一本ずつ絡めるように握りしめる。
彼の体温は、冷え切った夜風の中でも驚くほど熱い。
いつもは爽やかな王子様。けれど、今私を見つめるその瞳は、深くて、暗くて、抗えないほどの情熱で私を飲み込もうとしている。
(……ああ。私、この人のこういう「綺麗なだけじゃない」ところに、壊れるくらい惹かれてるんだ)
私は意を決して、彼の胸に飛び込んだ。ツナギ越しに感じる湊くんの鼓動。
ドクン、ドクン、と私の120ビートの心拍数に、彼の拍動が重なっていく。
それは、どんな精密なクロック信号よりも正確な、二人の愛のリズム。
「……アクセス、開始して。湊くん。私の全部、あなたに預けるから」
湊くんの手が私の後頭部を優しく、でも逃さないように強く引き寄せる。
「……わかった。カンナさんの心の奥の奥まで、僕が全部、上書き(アクセス)してあげる。……覚悟してね」
指輪が触れ合い、キィンという高周波の音が頭の中で響いた。
視界が白く塗りつぶされ、私たちの意識が一つに溶けていく――。
2. 回想(ログ)の奔流:五ミリの隙間に隠された孤独
視界が戻ると、そこは現実の学園ではなかった。
データと記憶が交錯する、光のグリッド。
そこで私は見た。湊くんがこれまで一人で抱えてきた、孤独な『演算ログ』を。
(……何、これ。湊くん、あなた、こんなに苦しんでたの……?)
理事長の孫として、常に「完璧な部品」であることを強要されてきた日々。
自分の感情を殺し、誰からも愛されない「空っぽの王子」を演じ続けていた彼。
そんな彼の灰色の世界に、ある日、一筋のノイズが走った。
それが、第1話――ボロボロのツナギを着て、油まみれで笑っていた「私」との出会い。
『魔法使いみたいだ』
あの時の湊くんの心の声が、私の脳内に直接流れ込んでくる。
それは、純粋な驚きと、震えるほどの憧れ。
彼は、私が直したスマホを見ていたんじゃない。
自分の「壊れた心」を直してくれるかもしれないという希望を、私の中に見ていたんだ。
『君を、誰にも渡したくない。たとえ君の才能を僕が食いつぶすことになっても、僕の隣にいてほしい――』
湊くんのドロドロとした独占欲、執着、そして狂おしいほどの愛。
それらが私の意識を侵食していく。普通なら恐怖を感じるほどの重さ。
でも、私は不思議と、それが愛おしくてたまらなかった。
「……なんだ、同じじゃない。……私も、あなたを独り占めしたくて、わざとバグを仕込んでたんだもん」
暗闇の中で、私の意識が湊くんの意識を抱きしめる。
第1話でわざと残した、あの「5ミリの隙間」。
本当は、私の無意識が、彼と繋がるための「ポート」を空けていたんだ。
天才的な技術でも埋められなかった孤独を、彼という異物で埋めるために。
3. カスタム部の誇り:友情という名の外部補機(ブースター)
『――おい! 二人とも、イチャついてる暇はないぞ! 脳波の同期率(シンクロ率)が九十パーセントを超えた! このままじゃ自我が消失するぞ!』
シオンの鋭い声が、意識の海に響き渡った。
現実の世界では、カスタム部の仲間たちが死力を尽くして私たちを守っていた。
「カンナっち、湊くん! 私がプロデュースしたこの『最終決戦用防護フィールド』、あと一分しか持たないわよ! 早く目覚めて!」
七海が、ボロボロになったメイク道具を放り出し、私のスーツのエネルギー管理を叫ぶ。
「爆破の準備はいいっすか! 零号機の装甲をぶち破るのは、俺の特製『恋の花火(ニトロ)』だけだ!」
雷太が、これまでにない巨大なバズーカを構え、震える足で理事長の警備ロボット軍団を食い止めている。
彼らは、私が「天才」だから一緒にいてくれたんじゃない。
私の「型破りなバカさ」が好きで、一緒に笑ってくれた仲間たち。
プロジェクトZが否定した「無駄な感情」こそが、今、私たちの命を繋ぐ最強の外部装甲(アーマー)になっていた。
(みんな……。ありがとう。……湊くん、行こう。みんなが作ってくれた、この一分間を無駄にできない!)
湊くんの意識が、力強く頷く。
「ああ、行こう。……僕たちの、新しい世界の起動(ブート)だ!」
4. 零号機・真覚醒:冷たい神様への反逆
目を開けた瞬間、私たちはすでに「零号機」の中枢――心臓部(コア)の目の前にいた。
そこには、巨大な脳の形をしたバイオコンピュータが鎮座し、理事長の声が空間全体を震わせていた。
「愚かな……。意識を共有すれば死ぬと分かっていながら、なぜそこまで抗う。個人というバグを消し、全体という完璧なシステムになれば、苦しみも、悲しみも、恋という不確かなエラーも無くなるというのに!」
理事長の手元にある最終起動スイッチ。それが押されれば、学園中の全生徒の意識が統合され、個性という名の命が抹消される。
「……おじい様。あなたは、機械を愛しすぎたんだ」
湊くんが、私の肩を抱いたまま、理事長を真っ直ぐに見据えた。
「でも、あなたは知らない。……愛する人のために、あえて『不完全』を選ぶ勇気を。……バグがあるからこそ、人は昨日よりも、もっと強くなれるんだ!」
「笑わせるな! 如月カンナ、お前の焼き切れそうなその脳で、何ができる!」
理事長がスイッチに手をかけた。
その瞬間、私はニヤリと笑った。
かつてないほどに頭は冴え渡り、湊くんの演算能力と合わさった私の脳は、この世界のすべての構造を「透視(スキャン)」していた。
「……理事長。あなた、言ったわよね。私が『失敗作』だって。……でも、その失敗作が、第1話からずっと、あなたの足元を削り続けてたって、気づかなかった?」
「何……!?」
「私がこれまでに修理したすべての機械、学園中の自販機、時計、防犯ゲート……。そのすべてに、私は『小さなバグ』を隠しておいたの。それはね、特定の心拍数――湊くんと私の『愛の同期信号』を受信した時だけ、一斉に暴走するようにプログラミングされた、世界で一番わがままなウイルスよ!」
私が、凑くんの左手と、自分の右手を重ねる。
二つの指輪が重なり、完璧な円(ギア)を描く。
「――全システム、強制再起動(リブート)!! 命令系統(コマンド)、『好き』で埋め尽くせ!!」
5. 伏線回収:銀色の嵐が世界を塗り替える
ドォォォォォン!!
学園中から、眩いばかりの虹色の光が溢れ出した。
第4話のドレス、第6話のサバイバルキット、第8話のドローン。
これまで物語に登場したすべてのガジェットたちが、一斉に「祝福」の光を放ち、零号機の冷たい回路を焼き切っていく。
理事長が作り上げた「完璧な秩序」は、私たちの不完全で、熱すぎる「思い出のデータ」によって上書きされていく。
「……バカな……。私の完璧なロジックが……。こんな、ガキどもの『初恋』ごときに……屈するというのか……!」
理事長室が崩れ始め、巨大な零号機がゆっくりと機能を停止していく。
その光景は、まるで巨大な機械の巨人が、恋に落ちて崩れ落ちるシンデレラのようだった。
「……やった、のかな」
私は、湊くんの胸の中で、意識が遠のきそうになるのを必死に堪えていた。
脳の負荷は確かに共有されている。でも、それでも、この光景を最後まで見ていたかった。
「……ああ、僕たちの勝ちだよ、カンナさん。……最高の、デバッグだった」
湊くんが、私の額に優しく、でも熱いキスを落とした。
その瞬間、私の腕時計型ガジェットが最後の光を放ち、液晶に文字を刻んだ。
【Status: Absolute Love(絶対愛). No more debugging needed.】
(デバッグは、もう必要ない……)
私は、幸せな溜息とともに、凑くんの腕の中でゆっくりと瞳を閉じた。
聞こえてくるのは、崩壊する機械の音じゃない。
私たちの勝利を祝福する、カスタム部の仲間たちの叫び声と……。
学園中に鳴り響く、始まりを告げるチャイムの音だった。

つづく
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