『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』
最終話:ハッピーエンド・インストール 〜世界で一番、不完全な恋を君と〜
1. 魔法が解けた、静かな朝
「……あれ。静か、だ」
真っ白なカーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込んでいる。
私が目を覚ましたのは、学園の保健室……ではなく、数日間眠り続けていた病院のベッドの上だった。
いつもなら耳を澄ませば聞こえていた、建物の配線を流れる電気の微かな唸りや、遠くで回るエアコンのモーターの不機嫌な音。私の脳に直接語りかけてきた機械たちの「声」が、今は全く聞こえない。
(……本当に、消えちゃったんだ。私の、あの型破りな力)
第10話でエリカが警告していた通り、プロジェクトZの中枢(コア)をデバッグするために脳をフル稼働させた代償。
私は、あの無敵の天才メカニックから、ただの「機械好きの女の子」に戻ってしまった。
「あ……。レンチ、握れるかな」
不安になって自分の右手を見つめる。指先は少し細くなった気がするけれど、そこには、あの激戦を共に戦い抜いた小さな傷跡と……。
そして、左手の薬指には、あの時、湊くんが私に嵌めてくれた『ギアの指輪』が、変わらぬ輝きを放っていた。
「……おはよう。やっと、目が覚めたね」
聞き慣れた、でもいつもより少し掠れた、愛おしい声。
振り返ると、パイプ椅子に座ったまま、私の手を握って眠っていたらしい湊くんがいた。
彼のミルクティー色の髪は少し乱れ、目の下には薄くクマができている。……ずっと、私のそばにいてくれたんだ。
「湊くん……ごめんね。心配、かけた?」
「……心配なんて、そんなレベルじゃないよ。君の心拍数が安定するまで、僕は自分の心臓が止まるかと思ったんだから」
湊くんが、私の手を自分の頬に押し当てる。彼の肌の熱さが、指先を通じて心臓まで溶かしていく。
「……ねえ、湊くん。私、もう天才じゃないよ。機械の声も聞こえないし、あんなすごいパワードスーツも、もう作れないかもしれない」
俯く私の顎を、湊くんの長い指がそっと持ち上げた。
彼の瞳は、出会った頃の「王子様の笑顔」ではなく、もっと深くて、重くて、剥き出しの「一人の男の子」の熱を帯びている。
「そんなの、知ってるよ。……昨日、君の寝顔を見ながら考えてたんだ。もし君が天才じゃなくなったら、僕が君の代わりに、世界中の機械を勉強して、君を一生メンテナンスし続ければいいだけだって」
「……湊くん」
「君が天才だろうが、ポンコツだろうが、僕の『好き』というプログラムに、修正(アップデート)の必要はないんだ。……わかった?」
強引で、独占欲たっぷりの言葉。
私は、涙が溢れるのを堪えきれず、彼の胸に飛び込んだ。
もう聞こえないはずの機械の声の代わりに、彼の胸の中から、ドクン、ドクンと、世界で一番力強い「愛の鼓動」が響いてくる。
2. カスタム部の「卒業式」
数週間後。学園は元の平穏を取り戻していた。
理事長は退き、プロジェクトZの痕跡は完全に消去された。
私たちは、解体されることが決まった「第3工芸準備室」に集まっていた。
「はい、カンナっち! これ、私からの卒業プレゼント!」
七海が差し出したのは、ピンク色の可愛らしいメイクポーチ。
「もう油汚れなんて気にしなくていいんだから。これからは、私が世界一可愛い『普通の女の子』にプロデュースしてあげる!」
「……ふん。機械の才能が消えたからといって、僕の弟子であることに変わりはない。……これは、僕が組んだ『生涯学習用・エンジニアリング・カリキュラム』だ。しっかり勉強しろよ」
シオンが差し出したのは、分厚い(でもどこか温かい)自作の参考書。
「俺はこれだぜ! 記念の『無害な花火(クラッカー)』だ!」
雷太が派手に鳴らしたクラッカーから、ギアの形をした紙吹雪が舞う。
「みんな……。ありがとう」
私は、空っぽになった作業机を撫でた。
第1話で、一人きりで自販機を直していた私に、こんなに素敵な居場所ができるなんて。
「天才」という孤独な看板を下ろした今、私の周りには、かけがえのない「絆」という名の最強パーツが揃っていた。
「エリカ、あなたも……。行くの?」
部屋の隅で、一人荷物をまとめていた皇エリカに声をかける。
彼女は一瞬、いつもの冷たい表情を見せたけれど、すぐにふっと寂しげに笑った。
「……ええ。私は海外の研究所に行くわ。……カンナ、あなたの『バグだらけのロジック』、いつか私が完璧に解析してみせるんだから。……それまで、その王子様に愛想を尽かされないようにね」
「……ふふ。望むところよ」
私たちは、固い握手を交わした。かつてのライバルは、今や同じ「機械を愛する者」としての、良き理解者になっていた。
3. 五ミリの隙間の向こう側:再会の自販機
放課後。夕陽が校舎をオレンジ色に染める中、私は湊くんに連れられて、あの場所へ向かった。
旧校舎の裏。私たちが初めて出会った、あの古い自動販売機の前。
「……あ。これ、また壊れてる」
私は思わず苦笑した。
十円玉を飲み込むだけで、何も出さなくなった「鉄の箱」。
かつての私なら、目をつぶっていても原因が分かったはず。でも今の私には、ただの古い機械にしか見えない。
「……湊くん。私、やってみるね。天才じゃなくても、機械が好きだっていう気持ちだけは、消えてないから」
私はバッグから、使い慣れた――でも、少し古くなったマルチドライバーを取り出した。
指輪を外し、大切にポケットにしまう。
ツナギの袖を捲り上げ、自販機の裏側に潜り込む。
(ええと、ここがこうなって……。あ、この配線、ちょっと緩んでる?)
昔みたいに一瞬では直せない。
何度も指を挟みそうになり、頬に油汚れをつけて、汗を流しながら、私は一つ一つの回路と対話した。
機械の声は聞こえなくても、指先の感触が、少しずつ答えを教えてくれる。
「……できた。……かもしれない!」
ガコン、と重厚な音がして、自販機のボタンにポッと明かりが灯る。
私は、百六十円を投入し、震える指で『濃厚つぶ入りコーンポタージュ』のボタンを押した。
ゴトッ。
取り出し口から転がり出たのは、温かい、本物のコーンポタージュ。
「……直った。……湊くん、私、直せたよ!」
振り返ると、湊くんが眩しそうに私を見つめていた。
その瞳には、第1話で出会った時と同じ、いや、それ以上の「ときめき」が宿っている。
「……ねえ、カンナさん。知ってる? 今の君、今までで一番……綺麗だよ」
湊くんが、私の油汚れがついた頬を指先でなぞる。
「……あの日、僕は、君が機械を直す魔法使いだと思った。……でも違ったんだね」
湊くんは、私の手からコーンポタージュを受け取ると、それを横に置き、私の両手をがっしりと握りしめた。
「君は、魔法なんて使わなくても、自分の手で世界を温められる女の子なんだ。……そんな君の隣に、一生いさせてほしい」
湊くんが、ポケットから一つの「鍵」を取り出した。
それは、かつて理事長が持っていた学園の管理キー……ではなく。
私が第1話で彼のスマホに仕込んだ、あの『5ミリの隙間』にぴったりと嵌まる、手作りの「銀色のギア」だった。
「……これは、僕の心の鍵だよ。カンナさん以外、誰もアクセスできないようにロックをかけたんだ。……君が、僕の人生のマスターキーになってくれる?」
4. 運命のアップデート完了(ハッピーエンド)
心臓が、本日最大級の……いいえ、人生最大のオーバーフローを起こす。
腕時計のガジェットはもう動かないけれど、私の胸の中で、愛という名の無限の演算が走っている。
「……湊くん。私の返事は……第1話から、決まってるよ」
私は背伸びをして、彼の耳元で囁いた。
「……あなたの人生、私が責任を持って『永久メンテナンス』してあげる。……覚悟してよね、王子様」
「……ああ。望むところだよ。……愛してる、カンナ」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
重なり合う唇。
それは、天才としての魔法が解けたあとに始まった、本当の「シンデレラ」の物語。
完璧なハッピーエンドなんて、どこにもない。
バグがあって、喧嘩をして、迷いながら進んでいく。
けれど、その「不完全さ」こそが、私たちを繋ぐ世界で一番美しい回路図。
「……あ。湊くん、今のキス、角度が〇・五度くらいズレてた気がするわ。……もう一回、キャリブレーション(調整)が必要ね!」
「……はは、相変わらず厳しいな。……いいよ、一晩中だって付き合うよ」
笑い合う二人の声が、放課後の空に溶けていく。
自販機の隣で、私たちは新しい未来をインストールした。
『爆走メカニカル・シンデレラ』
――全てのバグを、愛に変えて。
本編完結
「……あれ。静か、だ」
真っ白なカーテンの隙間から、柔らかな朝の光が差し込んでいる。
私が目を覚ましたのは、学園の保健室……ではなく、数日間眠り続けていた病院のベッドの上だった。
いつもなら耳を澄ませば聞こえていた、建物の配線を流れる電気の微かな唸りや、遠くで回るエアコンのモーターの不機嫌な音。私の脳に直接語りかけてきた機械たちの「声」が、今は全く聞こえない。
(……本当に、消えちゃったんだ。私の、あの型破りな力)
第10話でエリカが警告していた通り、プロジェクトZの中枢(コア)をデバッグするために脳をフル稼働させた代償。
私は、あの無敵の天才メカニックから、ただの「機械好きの女の子」に戻ってしまった。
「あ……。レンチ、握れるかな」
不安になって自分の右手を見つめる。指先は少し細くなった気がするけれど、そこには、あの激戦を共に戦い抜いた小さな傷跡と……。
そして、左手の薬指には、あの時、湊くんが私に嵌めてくれた『ギアの指輪』が、変わらぬ輝きを放っていた。
「……おはよう。やっと、目が覚めたね」
聞き慣れた、でもいつもより少し掠れた、愛おしい声。
振り返ると、パイプ椅子に座ったまま、私の手を握って眠っていたらしい湊くんがいた。
彼のミルクティー色の髪は少し乱れ、目の下には薄くクマができている。……ずっと、私のそばにいてくれたんだ。
「湊くん……ごめんね。心配、かけた?」
「……心配なんて、そんなレベルじゃないよ。君の心拍数が安定するまで、僕は自分の心臓が止まるかと思ったんだから」
湊くんが、私の手を自分の頬に押し当てる。彼の肌の熱さが、指先を通じて心臓まで溶かしていく。
「……ねえ、湊くん。私、もう天才じゃないよ。機械の声も聞こえないし、あんなすごいパワードスーツも、もう作れないかもしれない」
俯く私の顎を、湊くんの長い指がそっと持ち上げた。
彼の瞳は、出会った頃の「王子様の笑顔」ではなく、もっと深くて、重くて、剥き出しの「一人の男の子」の熱を帯びている。
「そんなの、知ってるよ。……昨日、君の寝顔を見ながら考えてたんだ。もし君が天才じゃなくなったら、僕が君の代わりに、世界中の機械を勉強して、君を一生メンテナンスし続ければいいだけだって」
「……湊くん」
「君が天才だろうが、ポンコツだろうが、僕の『好き』というプログラムに、修正(アップデート)の必要はないんだ。……わかった?」
強引で、独占欲たっぷりの言葉。
私は、涙が溢れるのを堪えきれず、彼の胸に飛び込んだ。
もう聞こえないはずの機械の声の代わりに、彼の胸の中から、ドクン、ドクンと、世界で一番力強い「愛の鼓動」が響いてくる。
2. カスタム部の「卒業式」
数週間後。学園は元の平穏を取り戻していた。
理事長は退き、プロジェクトZの痕跡は完全に消去された。
私たちは、解体されることが決まった「第3工芸準備室」に集まっていた。
「はい、カンナっち! これ、私からの卒業プレゼント!」
七海が差し出したのは、ピンク色の可愛らしいメイクポーチ。
「もう油汚れなんて気にしなくていいんだから。これからは、私が世界一可愛い『普通の女の子』にプロデュースしてあげる!」
「……ふん。機械の才能が消えたからといって、僕の弟子であることに変わりはない。……これは、僕が組んだ『生涯学習用・エンジニアリング・カリキュラム』だ。しっかり勉強しろよ」
シオンが差し出したのは、分厚い(でもどこか温かい)自作の参考書。
「俺はこれだぜ! 記念の『無害な花火(クラッカー)』だ!」
雷太が派手に鳴らしたクラッカーから、ギアの形をした紙吹雪が舞う。
「みんな……。ありがとう」
私は、空っぽになった作業机を撫でた。
第1話で、一人きりで自販機を直していた私に、こんなに素敵な居場所ができるなんて。
「天才」という孤独な看板を下ろした今、私の周りには、かけがえのない「絆」という名の最強パーツが揃っていた。
「エリカ、あなたも……。行くの?」
部屋の隅で、一人荷物をまとめていた皇エリカに声をかける。
彼女は一瞬、いつもの冷たい表情を見せたけれど、すぐにふっと寂しげに笑った。
「……ええ。私は海外の研究所に行くわ。……カンナ、あなたの『バグだらけのロジック』、いつか私が完璧に解析してみせるんだから。……それまで、その王子様に愛想を尽かされないようにね」
「……ふふ。望むところよ」
私たちは、固い握手を交わした。かつてのライバルは、今や同じ「機械を愛する者」としての、良き理解者になっていた。
3. 五ミリの隙間の向こう側:再会の自販機
放課後。夕陽が校舎をオレンジ色に染める中、私は湊くんに連れられて、あの場所へ向かった。
旧校舎の裏。私たちが初めて出会った、あの古い自動販売機の前。
「……あ。これ、また壊れてる」
私は思わず苦笑した。
十円玉を飲み込むだけで、何も出さなくなった「鉄の箱」。
かつての私なら、目をつぶっていても原因が分かったはず。でも今の私には、ただの古い機械にしか見えない。
「……湊くん。私、やってみるね。天才じゃなくても、機械が好きだっていう気持ちだけは、消えてないから」
私はバッグから、使い慣れた――でも、少し古くなったマルチドライバーを取り出した。
指輪を外し、大切にポケットにしまう。
ツナギの袖を捲り上げ、自販機の裏側に潜り込む。
(ええと、ここがこうなって……。あ、この配線、ちょっと緩んでる?)
昔みたいに一瞬では直せない。
何度も指を挟みそうになり、頬に油汚れをつけて、汗を流しながら、私は一つ一つの回路と対話した。
機械の声は聞こえなくても、指先の感触が、少しずつ答えを教えてくれる。
「……できた。……かもしれない!」
ガコン、と重厚な音がして、自販機のボタンにポッと明かりが灯る。
私は、百六十円を投入し、震える指で『濃厚つぶ入りコーンポタージュ』のボタンを押した。
ゴトッ。
取り出し口から転がり出たのは、温かい、本物のコーンポタージュ。
「……直った。……湊くん、私、直せたよ!」
振り返ると、湊くんが眩しそうに私を見つめていた。
その瞳には、第1話で出会った時と同じ、いや、それ以上の「ときめき」が宿っている。
「……ねえ、カンナさん。知ってる? 今の君、今までで一番……綺麗だよ」
湊くんが、私の油汚れがついた頬を指先でなぞる。
「……あの日、僕は、君が機械を直す魔法使いだと思った。……でも違ったんだね」
湊くんは、私の手からコーンポタージュを受け取ると、それを横に置き、私の両手をがっしりと握りしめた。
「君は、魔法なんて使わなくても、自分の手で世界を温められる女の子なんだ。……そんな君の隣に、一生いさせてほしい」
湊くんが、ポケットから一つの「鍵」を取り出した。
それは、かつて理事長が持っていた学園の管理キー……ではなく。
私が第1話で彼のスマホに仕込んだ、あの『5ミリの隙間』にぴったりと嵌まる、手作りの「銀色のギア」だった。
「……これは、僕の心の鍵だよ。カンナさん以外、誰もアクセスできないようにロックをかけたんだ。……君が、僕の人生のマスターキーになってくれる?」
4. 運命のアップデート完了(ハッピーエンド)
心臓が、本日最大級の……いいえ、人生最大のオーバーフローを起こす。
腕時計のガジェットはもう動かないけれど、私の胸の中で、愛という名の無限の演算が走っている。
「……湊くん。私の返事は……第1話から、決まってるよ」
私は背伸びをして、彼の耳元で囁いた。
「……あなたの人生、私が責任を持って『永久メンテナンス』してあげる。……覚悟してよね、王子様」
「……ああ。望むところだよ。……愛してる、カンナ」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。
重なり合う唇。
それは、天才としての魔法が解けたあとに始まった、本当の「シンデレラ」の物語。
完璧なハッピーエンドなんて、どこにもない。
バグがあって、喧嘩をして、迷いながら進んでいく。
けれど、その「不完全さ」こそが、私たちを繋ぐ世界で一番美しい回路図。
「……あ。湊くん、今のキス、角度が〇・五度くらいズレてた気がするわ。……もう一回、キャリブレーション(調整)が必要ね!」
「……はは、相変わらず厳しいな。……いいよ、一晩中だって付き合うよ」
笑い合う二人の声が、放課後の空に溶けていく。
自販機の隣で、私たちは新しい未来をインストールした。
『爆走メカニカル・シンデレラ』
――全てのバグを、愛に変えて。
本編完結