『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』

【エピローグ1】再起動(リブート)の夏空:二人の恋は、周波数を超えて

1. 「普通」の毎日の、特別なエラー
「……よし。これでトルク配分、最適化完了……のはず!」
高校の工学棟にある、油の匂いとファンの回転音が心地よいロボット部の部室。私、如月カンナは、額の汗をツナギの袖で拭いながら、目の前の自律型小型ロボットに語りかけた。
天才としての「機械の声を聞く力」を失ってから一年。今の私は、教科書をボロボロになるまで読み込み、何度も計算ミスを繰り返しながら、自分の手で一つずつ「答え」を組み立てている。
「……遅い」
背後から、低くて甘い、でも少し不機嫌そうな声が聞こえた。
振り返る間もなく、大きな手が私の腰を引き寄せ、背中からすっぽりと包み込まれる。ミルクティー色の髪が私の首筋をくすぐり、シトラスの香りが思考回路を麻痺させる。
「……湊くん! びっくりするじゃない。ここ、学校だよ?」
「誰もいないよ。シオンたちが『空気を読んで』入口のロックをハッキングしてくれたから」
湊くんは、私の肩に顎を乗せ、私の左手――一年経っても変わらず薬指で輝く、あの『ギアの指輪』を愛おしそうになぞった。
「カンナさん。部活に集中しすぎ。……僕の『構ってほしい』っていう重要アラート、ずっと無視してるでしょ」
「あ……ごめん。でも、来週のロボットコンテスト、どうしても成功させたくて」
「……僕がプロデューサーなんだから、僕を頼ればいいのに。……それとも何? 僕のサポートより、この鉄の塊の方が大事?」
湊くんの瞳が、独占欲たっぷりに細められる。
学園を救った王子様は、高校生になってますますその「重すぎる愛」を隠さなくなった。私のすべてを管理したがる、世界で一番贅沢で、世界で一番わがままなプロデューサー。
「そんなわけないでしょ。……湊くんは、私の『メインOS』なんだから。あなたなしじゃ、私、起動(ブート)すらできないんだよ」
私が赤くなって言い返すと、湊くんは満足げに目を細め、私の耳元で囁いた。
「……可愛い。……今の言葉、録音して一生リピートしたいくらい」
2. ライバル登場と、消えない不安
「――一ノ瀬先輩。如月さんを独占するのは、そのくらいにしていただけませんか?」
部室のドアが開き、冷徹な声が響いた。そこに立っていたのは、この春ロボット部に入部してきた期待の新入生、一条レン。彼はかつての私と同じように、直感だけで機械を操る「天才」の片鱗を見せている。
「一条くん。……入る時はノックしてって言ったでしょ」
私が湊くんの腕から逃れようとすると、湊くんは逆にぐっと力を込めた。
「構わないよ。如月さんは僕の婚約者(仮)で、僕の専属エンジニアだ。……一条くん、君に教える時間は、今の彼女には一秒も残ってない」
火花が散るような、湊くんと一条くんの視線の交差。
一条くんは鼻で笑い、私の方を真っ直ぐに見つめた。
「如月さん。かつての『天才メカニック』が、今や計算機(キャル)を叩かなければ配線一つ決められないなんて、滑稽ですね。……あなたに、僕のこの『感覚』が理解できますか?」
一条くんが差し出したのは、彼が直感で作ったという、理論を無視した、でも驚くほど高効率な回路図。
(……すごい。昔の私なら、一瞬で思いついたかもしれない……)
一瞬、胸の奥がチクリと痛んだ。
魔法が解けた私の隣に、一条くんのような「本物の天才」が現れる。
私がもし、湊くんの期待に応えられない「ただの女の子」で居続けたら、いつか彼は、私に失望するんじゃないか。
「……一条。君のロジックには『遊び(バグ)』がない」
湊くんが、冷たく言い放った。
「カンナさんの今の技術は、失敗と苦労を積み重ねて得た、世界で一番『強固なプログラム』だ。……君の浅いセンスと一緒にしないでくれるかな」
湊くんの手が、私の震える手を強く、痛いくらいに握りしめる。
「……カンナさん。僕を信じて。……君がどれだけ遠回りをしても、僕はそのすべての足跡を愛してるんだ」
3. 深夜のメンテナンス:二人の「隙間」
その日の夜。明日の大会試走会を控え、私と湊くんは二人きりで作業を続けていた。
一条くんの言葉が、どうしてもノイズのように頭から離れない。
「……ねえ、湊くん。私、やっぱり……」
「ダメだよ。そんな顔しちゃ」
湊くんが私の手に持っていたペンチを取り上げ、作業机の上に私を座らせた。至近距離で見つめ合う。
「……天才に戻りたい? 機械の声が聞こえれば、楽になれると思ってる?」
「……だって、そっちの方が、湊くんの役に立てるから」
「……バカ」
湊くんが、私の額に自分の額をこつんとぶつけた。
「君の不器用なところ、悩んで眉間にシワを寄せるところ……。全部、僕にとっては最高の『萌え要素』なんだよ。……完璧な機械なんて、愛せない。……僕は、君という名の『未完成なシンデレラ』を、一生かけて完成させたいんだ」
湊くんの手が、私の頬から首筋へと滑り落ちる。
「……ねえ、カンナさん。僕の心、メンテナンスしてよ。……今、すごく『君が足りない』っていうエラーが出てるんだ」
湊くんの唇が、私の唇を塞ぐ。
深くて、熱くて、酸素を奪われるようなキス。
かつての『五ミリの隙間』を埋めるように、私たちの体温が溶け合っていく。
(……ああ。天才じゃなくなっても、私のこの心臓の音だけは、世界一の出力を出し続けてる)
「……湊くん。大好き。……もう、オーバーヒートしそう」
「……いいよ。壊れるまで、僕が愛してあげる」
暗い部室の中、私たちは新しい「恋の周波数」を合わせるように、何度も何度も唇を重ねた。
一条くんの天才的な才能なんて、もう怖くない。
私には、私の「不完全さ」を世界一だと称えてくれる、最高のエンジニアがいるから。

つづく

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