『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』

『再起動(リブート 第一話:運命の歯車、世界を回す 〜スポットライトの中のシンデレラ〜

1. 夢の続きは、油汚れとともに
「……よし。最終キャリブレーション、完了。誤差、零コンマ零零三ミリ。これなら……いけるわ」
大学の特別研究室。午前三時の静寂を切り裂くのは、冷却ファンの小さな唸りと、私の指先がキーボードを叩く乾いた音。
私、如月カンナは、ボロボロのツナギの袖を捲り上げ、目の前で静かに拍動する「それ」を見つめていた。
それは、透明な樹脂の中に無数の極細配線と小型ギアが組み込まれた、ペンダント型の小さなデバイス。
名前は『ハート・リンク(心音共鳴機)』。
かつて私が失った「機械の声を聞く力」。あの魔法のような力を、私は「ロジック」と「努力」で再現しようとしてきた。これは、人の感情が発する微弱な電気信号を読み取り、言葉にできない想いを視覚化・安定化させるための、世界初の感情調整型コミュニケーション・デバイスだ。
「……長かった。本当に、長かった……」
プロジェクトZが私の脳に遺した負の遺産。それを「人を幸せにするための道具」へと書き換えるのに、結局五年の歳月を費やした。
もう、耳元で機械が囁くことはない。けれど、自分の手で一つずつ繋いだ回路は、かつての魔法よりもずっと力強く、私の心に「正解」を伝えてくれる。
パチ、と部屋の明かりが点いた。
「……まだ起きていたのかい? 僕の、誇り高き発明家さん」
振り返るまでもない。ミルクティー色の髪を少し乱し、仕立ての良いスーツを脱ぎ捨ててワイシャツ姿になった、私の「世界で一番の理解者」。
一ノ瀬湊くん。
彼は、現在は一ノ瀬グループの若き常務として経営の辣腕を振るいながら、私の「個人プロデューサー」という、誰にも譲らない肩書きを大切に守り続けている。
「……湊くん。見て、ついに完成したの。これが、世界を変える『歯車』になるわ」
私が震える手でデバイスを差し出すと、湊くんはそれを手に取るよりも先に、私の汚れを隠そうともしない右手を、そっと、そしてがっしりと握りしめた。
「お疲れ様、カンナ。……君の指、またタコが増えたね。この指が、何万人もの人を救うんだ」
湊くんが私の指先に、誓いのような熱いキスを落とした。
大学卒業を控えた私たちの左手薬指には、あの日から一度も外されることのない『ギアの指輪』が、深夜の照明の下で、二人を繋ぐ回路図のように輝いていた。
2. スポットライトの下の「女神」
一ヶ月後。
サンフランシスコで開催された世界最大のテクノロジー・カンファレンス『Next Gear EXPO』。
会場を埋め尽くす各国の報道陣と投資家たちの視線が、ステージ中央に立つ一人の女性に注がれていた。
「――私は、かつて『天才』と呼ばれ、そして一度、すべてを失った人間です」
ステージに立つ私は、七海が「気合を入れすぎて」プロデュースしてくれた、光沢のあるネイビーのシルクドレスに身を包んでいた。背中には、かつてのパワードドレスを彷彿とさせる、でもずっと洗練された銀色の装飾が施されている。
「完璧な機械は、人を孤独にします。でも、不完全なバグを認め合い、補い合うための技術があれば、人はもっと強くなれる。……この『ハート・リンク』は、あなたの『弱さ』を『力』に変えるための、小さな歯車です」
私がデモンストレーションを開始すると、会場全体が息を呑んだ。
重度のコミュニケーション障害を持つ少年が、私のデバイスを通じて、初めて母親に「ありがとう」という想いを、色鮮やかな光のパターンで伝えた瞬間。
割れんばかりのスタンバイ・オベーションが、会場を揺らした。
『日本のシンデレラ、再び空を舞う!』
『失われた魔法を科学で取り戻した、若き女神の誕生』
翌朝のニュースは、私の名前で埋め尽くされた。
かつての「メカオタク女子」は、今や世界が最も注目する「若き発明家・如月カンナ」として、時代の寵児となったのだ。
だが、華やかなニュースの裏側で。
私の「プロデューサー」の瞳は、これまでにないほど深く、暗い熱を帯びていた。
3. 王子の「独占契約」
「……ねえ、湊くん。今のインタビュー、どうだったかな? 私、変なこと言ってなかった?」
高級ホテルのスイートルーム。パーティーを抜け出し、疲れ果ててソファに倒れ込んだ私に、湊くんはシャンパングラスを置く音もさせずに近づいてきた。
「……完璧だったよ、カンナ。世界中が君に恋をした。投資家たちは君を奪い合い、SNSでは君との結婚を望む声が数万件も溢れている」
湊くんの声が、低く、喉の奥で震えている。
彼は私の足元に膝をつき、ドレスの裾を捲り上げて、私の足首に指を回した。
まるで、目に見えない鎖を繋ぎ直すような、重苦しい愛撫。
「……湊、くん?」
「……耐えられないんだ。君の才能が、君の美しさが、僕以外の男たちに消費されていくのが。……君を、このままトランクに詰め込んで、誰の手も届かない深い森の奥に隠してしまいたい」
湊くんが私の腰を引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。至近距離で見つめ合う。
彼の瞳には、世界中が称賛する「若きエリート常務」の仮面など欠片もない。
そこにあるのは、ただ、私という「バグ」に一生を支配された、一人の不器用な男の執着だった。
「……湊くん。私はどこにも行かないよ。……この『ハート・リンク』だって、コアのアルゴリズムは、あなたと私の心音を同期させて作ったんだから。……世界中の人がこれを使っても、私の心と繋がれるのは、あなた一人だけなの」
私は、彼のワイシャツの襟元を掴んで、自分から唇を寄せた。
彼から香るシトラスと、少しだけ混ざったアルコールの匂い。
私たちが重ねる唇の隙間に、一秒間に数億回の演算でも追いつけないほどの、熱い「好き」が流れ込んでいく。
「……嘘つき。君は明日も、僕の手を離れてステージに立つ。……だから、今夜だけは。……君の意識のすべてを、僕だけで『上書き(アクセス)』させて」
湊くんの手が、ドレスの背中のファスナーに指をかける。
カチリ、と。
私がかつて仕込んだ、あの「五ミリの隙間」を利用した特製ファスナーが、彼の指先だけで簡単に解放された。
「……っ。湊くん、それ……っ」
「……言っただろ。君の作るものは、すべて僕が一番の理解者(ユーザー)だって。……君の体も、君の心も、君の発明も。……全部、僕だけのものだ。……いいよね、カンナ?」
逆らうことなんて、最初からできなかった。
スポットライトの下で見せる「女神」の顔。
でも、彼の腕の中でだけ見せる、涙で潤んだ「ただの女の子」の顔。
そのギャップを、湊くんは狂おしいほどに楽しみ、私の肌に、いくつもの「独占の刻印」を刻みつけていく。
4. 招かれざる「ハッカー」
翌日。世界中からのオファーが殺到する中、一人の男が私の前に現れた。
「――素晴らしいプレゼンでした、如月カンナさん。あなたの『ハート・リンク』、我が社の最新AIと統合すれば、人類は真の『統一意識』を手に入れられる」
現れたのは、シリコンバレーの若き帝王と呼ばれる、レオナルド・V・スミス。
彼は、かつての九条ハルトをさらに冷酷に、そして圧倒的なカリスマで塗り替えたような男だった。
「僕と組みませんか? 一ノ瀬グループのような『古臭い守旧派』と一緒にいても、君の才能は腐るだけだ。……僕なら、君を本物の『神』にできる」
レオナルドは、湊くんの目の前で、私の手に恭しくキスをしようとした。
その瞬間。
バキッ、と。
湊くんが持っていたタブレットが、彼の握力だけで真っ二つに叩き割られた。
「……失礼。手が滑った」
湊くんが、地獄の底から響くような声で笑う。
彼は私の肩を、抱きしめるというよりは「獲物を確保する」ような力強さで引き寄せた。
「レオナルド氏。残念ですが、如月カンナは既に、僕と『生涯独占ライセンス契約』を結んでいる。……外部からのアクセスは、たとえ神であろうと一切、許可しません」
湊くんの背後で、カスタム部の仲間たち――今や各界のプロとなった七海、雷太、シオンが、不敵な笑みを浮かべて現れた。
「……始まったわね。カンナっちを巡る、世界規模の『痴話喧嘩』!」
七海が呆れたように笑う。
「面白ぇ! どっちがカンナの相棒に相応しいか、技術(パワー)で決めようぜ!」
雷太が、スーツの下に隠した最新型の音響兵器をちらつかせる。
『……ハルト以上の小物だな、レオ。……カンナ、バックアップは任せろ。この男の会社の株、一時間以内に暴落させてやる』
シオンがノートPCを叩きながら、冷酷に告げた。
世界を熱狂させるカンナの発明。
それを巡る、王子の重すぎる愛と、新たなライバルとの戦い。
恋の回路は今、世界中のネットワークを巻き込んで、最大電圧(オーバーボルト)で焼き切れそうなほど輝き出した。
「……湊くん。私、あなたのプロデュースなら、地獄の果てまで付き合うわよ」
「……地獄になんて行かせない。……君が行くのは、僕が作った、僕たち二人だけの『エデン』だ」
二人の手が重なり、世界を再構築(リビルド)するための、新たなプログラムが起動した。

つづく
< 15 / 17 >

この作品をシェア

pagetop