丘の上の小さな 美容室
恵の施術の最中、予約なしの飛び込みでお客さんがドアを開けて来た。
「今から入れますか?」と聞き慣れた声がしたが、まさかね、と受付にいる千紗にすべてを任せた。
しかし「深青を指名したいのですが」と聞こえた時に力が入ってしまい、恵がぐえっと呻いてあたしは慌てて謝った。
「申し訳ありません」
「気をつけてよー。深青だから許すけど」
恵が顔を上げ、非難の目を向けたきたが、その目の奥は笑っていて、口の端も愉快そうに引きつっていた。にやにやしたいのを堪えたいるようだ。
「……美織みたいな、声が、しましたけど」
「気のせいじゃなーい?」
「この場所。教えました?」
「さあー知らなーい」
嘘が下手だ。絶対教えただろう。内心舌打ちしながら施術を再開した。
サロン経営者だと美織に知られて、予約を入れたいと言われた。けれどあたしは断った。セフレをわざわざ職場に呼ぶなんて、あたしの中の常識が許さない。千紗や凛にバレたら、絶対からかわれる。勘弁だ。
それに、美織の体のことはよくわかっている。
あたしは呆れ顔で美織を見上げた。
「肩が凝る、とかないでしょ」
「基本ないですけど」
「じゃあうちに来る必要はないわよ」
「恵は、行っているのに?深青の施術、俺も受けたいです」
「あのね。どこも悪くない人に施術はしません」
あたしは頑なに断った。美織はぶつぶつ文句を言いながらも納得してくれたと思っていた。まさか、恵から聞いたなんて。しかも恵の予約の日に来なくてもいいじゃない。
千紗は「少々お待ち下さい」と静かにあたしに近づいてきて予約表の時間を指で差す。恵のあとに予約を入れるようだ。あたしは、首を横に振る。千紗はなんで?と首を傾げたが美織のところに戻り「生憎本日深青はご指名をいただいておりまして、ご予約はお取りできません。他のスタッフでしたらすぐに対応できますが、いかがいたしますか」と上手くかわす。
しかしかわされた美織の視線が背中にぐっさりと突き刺さる。
あたしは無視した。恵が楽しんでいるのがわかる。憎たらしくてたまらない。
でもきっと、美織はこれで諦めて帰るだろう。そう思った矢先。
「わかりました。じゃあ、他のスタッフでお願いします」
え。一瞬指が止まりそうになったが、プロ意識でそれは防いだ。
もや、と気持ちが曇り出す。
他のスタッフに頼むんだ。そんなことしないと思っていた。思わず振り返ろうとして、やめた。千紗にバレる。いや、勘の良い千紗ならもう気づいているかもしれない。それに今は恵の施術中だ。先程の失態もあるので、集中する。
楽しんでいる恵も、ここに来て他の人を指名する美織にも振り回されるなんてごめんだわ。
カーテンで仕切りをつけると、幾分落ち着いた。
隣で千紗が施術に入る。
「お辛いところ、あります?」
しばらくして千紗が問いかける。どこに触れても辛いところなんて見つからず、困惑しているようだ。
美織はすぐには答えずに、正直に「ないです」と答えた。千紗が吹き出す。
「お辛くないのにうちに来る人なんてお客様が初めてです。他に何か目的が?」
千紗がこちらに視線を投げかけている気がする。
バレている。
にやにやしているのがわかる。
美織は千紗の問いかけに困っているようだった。
変なことを口走らないことを切に願う。
タイマーが鳴った。
寝ていたのか、その音でぴく、と恵の体が反応した。
あたしは恵にゆっくり起き上がるように声を掛け、最後に肩を叩いて「お疲れ様でした」と終了の合図をした。
寝台から立ち上がり、会計のため移動するときに、恵がちら、とうつ伏せの美織を見て含み笑いをした。
会計を終えると、店の外まで見送り、あたしは腕を組んで恵を睨んだ。恵は店を出た途端声を立てて笑った。
「おっかしーの。だってさ、僕が深青の店に行く日にわざわざ来てさ、しかも他のスタッフに施術されてんだもんね。本当は深青にしてほしかったし、僕にヤキモチしていても立ってもいられなかったり、深青に妬いてほしくて他のスタッフにしてもらったり。美織、深青にぞっこんだ」
「恵がここを教えなければ何も問題はなかったのよ。お喋り」
「まあまあ。いいじゃん。売り上げに貢献したってことでさ。次は別の子で予約いれるよ」
じゃあねー、とスキップしながら去っていく恵を見送り、あたしはうんざりと顔を顰めた。
「今から入れますか?」と聞き慣れた声がしたが、まさかね、と受付にいる千紗にすべてを任せた。
しかし「深青を指名したいのですが」と聞こえた時に力が入ってしまい、恵がぐえっと呻いてあたしは慌てて謝った。
「申し訳ありません」
「気をつけてよー。深青だから許すけど」
恵が顔を上げ、非難の目を向けたきたが、その目の奥は笑っていて、口の端も愉快そうに引きつっていた。にやにやしたいのを堪えたいるようだ。
「……美織みたいな、声が、しましたけど」
「気のせいじゃなーい?」
「この場所。教えました?」
「さあー知らなーい」
嘘が下手だ。絶対教えただろう。内心舌打ちしながら施術を再開した。
サロン経営者だと美織に知られて、予約を入れたいと言われた。けれどあたしは断った。セフレをわざわざ職場に呼ぶなんて、あたしの中の常識が許さない。千紗や凛にバレたら、絶対からかわれる。勘弁だ。
それに、美織の体のことはよくわかっている。
あたしは呆れ顔で美織を見上げた。
「肩が凝る、とかないでしょ」
「基本ないですけど」
「じゃあうちに来る必要はないわよ」
「恵は、行っているのに?深青の施術、俺も受けたいです」
「あのね。どこも悪くない人に施術はしません」
あたしは頑なに断った。美織はぶつぶつ文句を言いながらも納得してくれたと思っていた。まさか、恵から聞いたなんて。しかも恵の予約の日に来なくてもいいじゃない。
千紗は「少々お待ち下さい」と静かにあたしに近づいてきて予約表の時間を指で差す。恵のあとに予約を入れるようだ。あたしは、首を横に振る。千紗はなんで?と首を傾げたが美織のところに戻り「生憎本日深青はご指名をいただいておりまして、ご予約はお取りできません。他のスタッフでしたらすぐに対応できますが、いかがいたしますか」と上手くかわす。
しかしかわされた美織の視線が背中にぐっさりと突き刺さる。
あたしは無視した。恵が楽しんでいるのがわかる。憎たらしくてたまらない。
でもきっと、美織はこれで諦めて帰るだろう。そう思った矢先。
「わかりました。じゃあ、他のスタッフでお願いします」
え。一瞬指が止まりそうになったが、プロ意識でそれは防いだ。
もや、と気持ちが曇り出す。
他のスタッフに頼むんだ。そんなことしないと思っていた。思わず振り返ろうとして、やめた。千紗にバレる。いや、勘の良い千紗ならもう気づいているかもしれない。それに今は恵の施術中だ。先程の失態もあるので、集中する。
楽しんでいる恵も、ここに来て他の人を指名する美織にも振り回されるなんてごめんだわ。
カーテンで仕切りをつけると、幾分落ち着いた。
隣で千紗が施術に入る。
「お辛いところ、あります?」
しばらくして千紗が問いかける。どこに触れても辛いところなんて見つからず、困惑しているようだ。
美織はすぐには答えずに、正直に「ないです」と答えた。千紗が吹き出す。
「お辛くないのにうちに来る人なんてお客様が初めてです。他に何か目的が?」
千紗がこちらに視線を投げかけている気がする。
バレている。
にやにやしているのがわかる。
美織は千紗の問いかけに困っているようだった。
変なことを口走らないことを切に願う。
タイマーが鳴った。
寝ていたのか、その音でぴく、と恵の体が反応した。
あたしは恵にゆっくり起き上がるように声を掛け、最後に肩を叩いて「お疲れ様でした」と終了の合図をした。
寝台から立ち上がり、会計のため移動するときに、恵がちら、とうつ伏せの美織を見て含み笑いをした。
会計を終えると、店の外まで見送り、あたしは腕を組んで恵を睨んだ。恵は店を出た途端声を立てて笑った。
「おっかしーの。だってさ、僕が深青の店に行く日にわざわざ来てさ、しかも他のスタッフに施術されてんだもんね。本当は深青にしてほしかったし、僕にヤキモチしていても立ってもいられなかったり、深青に妬いてほしくて他のスタッフにしてもらったり。美織、深青にぞっこんだ」
「恵がここを教えなければ何も問題はなかったのよ。お喋り」
「まあまあ。いいじゃん。売り上げに貢献したってことでさ。次は別の子で予約いれるよ」
じゃあねー、とスキップしながら去っていく恵を見送り、あたしはうんざりと顔を顰めた。