丘の上の小さな 美容室
 店に戻ると、美織が会計をしていたので立ち止まる。
 美織はちら、とあたしを見て、千紗にお礼を言いあたしの横を素通りしていった。なにか話しかけられると思っていたあたしは美織を振り返ったが、ぐっと言葉を飲み込み受付に立った。千紗が美織を見送り戻ってくると、やはり気づいてしまったのか、にやにやと口の端を上げながら耳元でこそっと囁いた。
「せ、ふ、れ。イイ男じゃーん」
「千紗っ」
「筋肉質でイケメン。深青の好みど真ん中。どっこも悪くなかったけど、なんで来たの?まさか深青に会いたくてわざわざ来たの?」
「さあ、ね」
「その顔は知ってるな?居酒屋行く?」 
「行かないわよ。行くものか」
「言えよー気になるー」
 ぐりぐりと肘で脇腹を突かれ身を捩る。
 あたしは逡巡し、根負けしてぽろりと言葉を落とす。
「ただの、ヤキモチよ」
「ん?誰に」
「今のあたしのお客さんの、恵。美織の友だちなの。恵があたしの施術受けてるって聞いて、来たみたいよ」
「へえー。ヤキモチ妬きなんだ。可愛いじゃーん」
「可愛い」
「可愛いでしょ。可愛くないの?」
「……来たらだめって言ったのよ。恵はお客さんなんだしそんな対象じゃない。ちゃんと伝えたのよ。それでも恵からこの場所を聞き出して、恵の予約の時間に来てさ。……可愛い通り越して、うんざりよ」
 千紗は俯き拗ねるあたしに、ふむ、と頷いた。
「信用されてないって思ったわけだ。それは寂しいね。でもさ、セフレにしてはずいぶん執着心が強いね。まるで、恋人みたい」  
「そう。それよ。あたしもたまにそう思う」
「本命できたら大変そう」
「あたしも、そう思う」
「そのピアスとネックレス以上のものを、本命にあげるとは到底思えないけどな」
「そう、それよ」
「ねー深青。よく考えて。彼、本当にセフレかな」
「セフレよ。居酒屋で散々話したじゃない」
「それは、深青の主観でしょ。彼からしてみれば、違うのかも」
「……どーゆーこと」
「私の思い違いかな」
「千紗の思い違いよ」
「拗れなきゃいいけどね」
「……拗れてるのは、あたしの気持ちよ」
 セフレなのに美織を好きになってしまったあたしの気持ちは拗れている。今の関係を続けたくて、セフレと割り切っているのだから。
「一回ちゃんと話してみたら?」
「ちゃんと話したら、あたしが美織を好きだってバレるわ」
「バラしてみたら」
「バラして美織が離れてしまったらどうするのよ」
 きゅっと唇を噛み、眉尻を下げる。
「そうなったらあたし、千紗のこと恨むかも。そんなことさせないで」
 美織があたしを見切ってしまう未来を想像したら切なくて、目の奥がじわりと痛くなり、目の前がぼやけて頬を涙が伝う。
「そっか。ごめん。ごめんね。泣かないでよ」 
 両手で顔を覆ったあたしを、千紗は抱きしめぽんぽんと背中を叩いた。
 
 くそ、あたしは美織に惚れている。
 心底惚れてしまった。
 この先もう、不安しかない。
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