丘の上の小さな 美容室
 そーゆーわけで、あたしと美織の初デート。
 水族館に来たわけである。
 美容室は火曜が定休日だが、予約のない日は臨時休業にしているらしい。
 本日は火曜日。あたしは仕事だったが、千紗にデートのことがバレて「この間泣かせちゃったからさ、シフト代わるわ」と代わってくれた。
 小さな水族館で、イルカはいなかったがペンギンはたくさんいた。ガラス張りの水槽に飛び込みすいすい泳いでいるさまを見つめ、このスピードで泳いでいるなんて壁にぶつかったりしないのだろうかと無駄な心配をしたりした。餌やりの時間、飼育員が順番に並んだペンギンに魚を口に突っ込んでいる。ショーも何も無い、寂れた水族館。
 ペンギンに飽きてしまうと、館の中に入って大きな水槽の中で自由に泳ぐ魚の群れを見上げた。
 そうしてあたしはお寿司が食べたいと言った。
 美織は笑わずにあたしの要求を全部叶えようとする。
 水族館を出ると、まだ三時だった。
 待ち合わせは午後一時だったので、二時間近く水族館を堪能していたようだ。
「時間が経つの、早いわね」
「意外と、魚を見ていると無心になりますね。ペンギンなんて食い入るように見てましたもんね」
「え。そう?そんなに見てた?」
「三十分近く見てましたよ」
「そんなに?気づかなかった」
「百面相してましたよ。深青のことだから、泳ぐペンギンが壁にぶつからないか心配してたんでしょう。ぶつかりませんよ」
「わからないじゃない。ドジな子なら、ぶつかるかも」
「ははっ」
 あ、笑った。
 きゅん、と胸が締め付けられる。
 美織の笑った顔が、たまらなく好きだ。
 美織と目が合う。その目が細められて、するりと手を繋いできた。
 美織と手を繋ぐのは初めてだ。その手の感触を、あたしは体中で感じて知っている。皮膚は硬くて体温が高い。指は太くて男らしい。
 その男らしい手が、あたしの手を壊れ物を扱うかのように優しく握る。
 とくんと鼓動が跳ねる。
「夕飯まで時間もありますし、どこかで少し休みますか?」
「そうね。あ、そこの喫茶店は?ケーキが美味しいのよ」
「そうですね。そこにしましょう」
「……行きたいとこは、ないの?」
「特にありません」
「本当にそればっかり」
「深青とだったらどこでも」
「っ、そーゆーのは結構よ」
「本心です」
「わかってるわ」
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