丘の上の小さな 美容室
 目が覚めると、何度も見た天井に、ああ、美織の美容室だ、とため息を吐いた。
 風邪を引いて美織に寝かされて。今何時だろう。
 ゆっくり起き上がると、体がだいぶ楽になったことに気づきほっとした。薬が効いたのか、熱もない気がする。ベッドから降りてキッチンに行くと、美織が何か作っていて近寄る。美織が気づいて振り返り、手をおでこに当てて熱を測る。冷たくて、気持ちいい。
「熱は下がったみたいですね。お粥、作ってみたんですけど、食べられますか?」
 お粥。鍋を見て匂いを嗅ぐと、急激にお腹が空いてきてきゅる、と胃が鳴った。
 座って待っていてください、と言う美織の言うことを聞かず、美織がお粥を作っている姿を見ていたくて横に張り付く。
 卵粥だ。出汁に塩を入れて味付けし、深皿に流し入れて匙を添える。
 ソファに移動し座ると「熱いから気をつけてくださいね」とソファの前にあるローテーブルにことりとお粥を置いた。
 あたしは床に座り、匙で掬って息を吹き掛けながら冷まし、ゆっくり口に運ぶ。
 薄味だけど、ちょうどいい。
 美織が向かいに座り、お茶を出してくれた。
 あたしが食べ終わるまでお茶を飲みながら待っていてくれて、全て食べ終わるとさっと片付けてくれる。
 出来た奥さんみたい。
 お茶を飲んで一息つく。壁掛け時計を見ると、夜の七時を回ったところだ。
 身体も楽になったし、もう御暇しよう。
 キッチンで洗い物をしている美織に近づき「ありがとう。とても助かったわ。でも、そろそろ帰るわね」と言うと、美織は洗い物を終えてタオルで手を拭いた。
「送っていきます」
「いいわよ。ひとりで帰れる」
「夜道ですから」
「まだ七時よ」
「それでも、暗いですから」
 冬の夜は早い。あたりは暗く、街灯もない。
 あたしは最後まで断り続けたが、美織は断固として頷かず、厚着をさせられ送られることとなった。
 美織のパーカーとブルゾンを借りてもこもこになったあたしの手を握りながら隣を歩く美織の頬と耳は、寒さのためか少し赤い。吐く息も白く、きっともうすぐ雪が降る。そんな事を考えながら歩くつま先を見ていた。
 もう少しでマンションに着いてしまう。
 マンションの前でさよならをしたい。部屋の前まではついてこないで。上がっていく?なんて言わないからね。
 でも美織はやっぱりマンションの部屋の前まで送ってくれた。あたしは鍵を取り出しカチャリと開けた。そして振り返り、素早くドアの内側へと身を滑り込ませ、顔だけひょこりと出して微笑んだ。
「送ってくれて、ありがとう。おやすみなさい」
 何か言いたげな美織の返事を待たずして、パタンとドアを閉めた。
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