丘の上の小さな 美容室
ペアリングと決意
貰った名刺を頼りにそのジュエリー店へと足を向けた。店の前で名刺を握りしめ、ごくりと唾を飲み込み自動ドアを潜る。ガラスケースが並ぶその向こうに、小柄で愛想の良い笑顔を浮かべた店員がこちらに気づき、目が合うと小さく手を振ってくれてほっと息を吐く。
「なにか、お探しですか?」
お客さんに対する態度を崩さずに近づいてくる撫子さんに、あたしはペアリングを見に来たことを告げた。
撫子さんは一瞬瞠目し、また笑顔を張り付けこちらのガラスケースになります、と案内してくれた。
ペアリングと一言に言っても種類は様々で、どれがいいのか全くわからない。美織が、ピアスを撫子さんに選んでもらった気持ちが今ならわかる。
周りに他の店員やお客さんがいなくなると、撫子さんはガラスケースを睨みつけるあたしに砕けた口調で話しかける。
「なあに。ペアリングなんてひとりで買いに来てどうしたのよ。てか、美織に買わせなさいよ」
「ちょっと、行き違いの喧嘩というか、気まずくなってしまって。仲直りの粗品として買いに来たのよ」
「喧嘩?また予約すっぽかしたとか?」
「……」
そう言えば、そもそも、撫子さんが美織の前で初めての男発言をしたのがきっかけだ。八つ当たりのような気もするが、撫子さんに非がないわけでも、なく、なくない。じと、と撫子さんを半眼で見つめると、たじろいだがすぐに持ち前の気の強さで胸を突き出し睨み返してきた。
「なによ」
「美織が」
「美織が?」
「あたしにとって初めての男ではなかった、と言う誤解が招いた喧嘩です」
撫子さんはきょとん、と首を傾げた。
「あなた、美織が初めてって言ってたじゃない」
「ええ。確かに」
「初カレ、でしょ?」
「違います」
「違う?えーっと、じゃあ初めての女を捧げたのが美織だ」
「違います」
間髪入れずに否定すると、撫子さんは地団駄を踏んだ。
「もうっ。なんなのよ。どーゆーことなの」
「セフレです」
「は?」
「……セフレです」
ぽかん、と口の開いた顔も可愛い。
美織は、こんな可愛くて若い子よりもあたしを選んで恋人だと想ってくれていたのかと思うと、自分の勘違いに申し訳さなさでいっぱいになった。
「せ、ふ、れ」
撫子さんが言葉を区切りながらそう発音する。
そして眉をつり上げた。
「なによそれは。美織はあなたのこと恋人だと思ってるけど?!」
「最近知りました」
「最近知りました?!」
信じられない、と頭を抱える撫子さんに事の経緯をぼそぼそ伝えると、その可愛い顔が般若のごとく歪み始めて身を縮こまらせる。
「へっえー。ほー。じゃあ私はセフレのために身を引いたのかー。なんなのよっ」
「すいませんっ」
ガラスケースに並ぶペアリングを睨みながら謝った。
違和感は確かにあった。
セフレにしては愛が重い。独占欲も、愛情も感じられた。セフレなんて関係は初めてだし、こんな感じなんだと受け入れていた。しかし、恋人だと思えば確かに合点がいく。
「なんで気づかなかったのよ。どう見ても、美織はあなたのこと好きでしょ。あれ、あなたも美織のこと好きって言ってたわよね」
「言いました」
「セフレを好きになったから、後ろめたかった?だから予約すっぽかした?」
「その通りです」
「待て待て。そしたら、もしかして、私のこともセフレかと思ってたの?」
「面目ないっ」
「全くよ!」
頭を抱えてしゃがみ込み、盛大なため息を付いてのそりと立ち上がった撫子さんは、あたしの様子を見て腕を組んだ。
「それで、美織のご機嫌取りにペアリングなんて買いに来たわけ?」
「……プロポーズ、しようかなって」
「……いきなりぶっ飛んでるわね」
「でも、もう。それしか思いつかなくて」
「いいんじゃない。喜ぶと思う。美織は重い男だから。最近は、こーゆーのが売れ筋よ」
撫子さんはガラスケースからペアリングを取り出してあたしの前に差し出した。それを見ながら、あたしは美織を想った。