丘の上の小さな 美容室
拒絶と愛の言葉
美織があたしの部屋からとぼとぼと帰っていった日から、連絡は取っていない。ゆえに、会うのは半月ぶりだ。
スマホでMIOを検索し、カットとトリートメントで予約した。
指輪の入った小さな紙袋を手に下げて、美容室の前に立ち深呼吸した。
予約時間五分前。ドアノブを回し、そっと中に入った。
チリン、とドアベルが鳴る。美織の姿はなかった。
部屋の奥かな、と行きかけてやめた。
あたしは今、お客さん。
美織が来るまで大人しく待っていよう。
傍にあった丸椅子に座る。膝の上に乗せた小さめの鞄と、紙袋を握りしめる。
緊張で、手汗が酷い。
受け取って貰えなかったら、どうしよう。
壁時計と腕時計を無意味に交互に見やる。
美織、まだかな。
カチ、と予約時間ぴったりになると、奥の部屋の暖簾から、美織が現れた。久しぶりに会う美織に、心臓が高鳴った。長い前髪に、Tシャツから見える二の腕の太さに初めて会ったときのことを思い出す。あたしは立ち上がり、美織、と呼ぼうとしたが美織のほうが先に「いらっしゃいませ」と棒読みの挨拶をした。ぴし、と空気が固まった。
他人行儀の、接客。長い前髪からはあの鋭い目は見えない。コートとマフラーを手渡して、荷物を入れる籠を差し出され、それに鞄と紙袋を入れると回転椅子に促され、おずおず座る。
「本日は、どうなさいますか?」
「え?あ、えっと」
いつもなら美織が好きに切っていたので、今更聞かれるとどう答えていいかわからない。
半月ぶりなので、前髪を整えて、毛先を切ってもらえればそれでいい、かも。
「あの、整える程度で」
「畏まりました」
美織はカットクロスを用意して、丁寧に切っていく。その間、会話はない。あたしから話しかけようか、とちらと鏡の中の美織を伺っても、美織は鏡の中のあたしとは目を合わさず、髪の長さだけを見ている。
話せ、ない。言葉が出てこない。気まずすぎる。
気まずいまま、鏡を見ることもなく膝の上の手だけを見つめ、毛先を整えるだけなので十分ほどで終わってしまった。
トリートメントのため、カットクロスを片付けてシャンプー台へと案内する美織の背中に、あたしは立ち止まり「キャンセルします」と言った。美織が振り向き、一拍おいて「畏まりました」と言う。
なによ、これ。なんの茶番なの。
泣きたいような、怒りたいような、でもなにも言葉が思い浮かばなくて、結局「お会計、お願いします」とレジの前に立った。
美織から何かを言うことはなく、計算機で提示された金額を財布から出した。レシートをもらうと、もう、帰るしかない。
着ていたコートと、マフラーを身に着け、ドアノブに手をかけても美織は何も言わない。
なんで、何も言わないの。
それはあたしも、一緒か。
でも、最初に他人行儀したの美織だし、拒否したのも、美織だし。
嫌になったのかもしれない。この半月、考えて、恋人だと思っていたのが自分だけで、まさかセフレだと思われていたなんてショックよね。裏切られたような気持ちよね。このまま、終わりにしたいのかも。だとしたら、あたしは潔く帰るしかない。
でも、これが最後なら。