丘の上の小さな 美容室
エンゲージリングとプロポーズ
「上手くいったみたいだね」
久しぶりに訪れた恵が、あたしの薬指に光る指輪を見てにやりと口の端を上げた。
あたしは嫌な顔をして会計を済ませると、恵の前にハーブティーをことりと置いた。
「美織って恵には何でも話すのね」
「ん?いや?撫子から聞いた」
「撫子さん?知り合いだったの?」
「撫子は僕の妹だよ。兄に似て美人でしょ?」
はた、と気づく。
そういえば、確かに似ている。図々しさと人懐っこさが似ていると以前思ったことがあった。
へえ、そうなんだ。でも、少し意地悪を言ってみる。普段の仕返しだ。
「似てない。撫子さんのほうが美人」
「あは。冷た。そーだ。いつぞやは撫子が恋路を邪魔してごめんねー。今は仲良しなんでしょ」
「仲良しよ。多分」
「美織とも仲直りしてプロポーズもして順調じゃん」
恵の言葉に、一瞬止まる。
迷ったが、恵の隣にすとんと座る。
「順調、か、どうかはわからないわ」
歯切れ悪く答えた。指輪を撫で、影を落とす。
「なんで?美織、飛んで喜んだでしょ?惚れた女からの逆プロポーズ」
「その日はね。でも、次に会ったとき、なんか上の空というか、結婚の話をしても、乗り気じゃない、というか」
「ふーん。マリッジブルーかな」
飲みやすいように温めにして出したハーブティーをごくごく飲んで、恵は次の予約をして帰っていった。
売り上げ計算をしながら、指輪を渡した日を思い出す。
あの日は雪が降っていて、美織は冷えた体を温めるようにあたしを抱きしめ、あたしも抱き返し、そのままベッドになだれ込みそうになったが二人のお腹がぐう、と同時に鳴って顔を見合わせ笑った。
おでんを作り、美織が隠し持っていた日本酒を開け、楽しい晩餐を過ごした。
その後は、しつこいくらいに愛されて、もう無理、と押しのけたのに、まだ足りない、と強引に求めてきて気が狂いそうだった。
美織は、上手い。相性もあるのかもしれないけれど、とても上手。丁寧で、優しくて、女のいいところを全部知り尽くしているかのように快楽の波に酔わせてくる。脳が麻痺して自らもっと、と淫らな欲求をしてしまう。一度果てて理性を取り戻せば、自らの醜態に羞恥したことは数え切れないほどだ。美織の顔を見れずに枕に顔を埋めると、肩を掴まれ顔を覗き込んだ美織が蕩けた顔で可愛い、と宣う。
けれどその日はくたくたになって体を自ら動かせないほどに無体を強いられ、それでももっと、と求める美織に、もう好きにして、と小さく呟くと、意地悪そうに笑った美織は本当にあたしの体を好きにした。
翌朝筋肉痛と、肌に散りばめられた赤い痣に辟易しながら起き上がれずにいると、珈琲とクッキーをトレーに載せて来た美織は、甲斐甲斐しく世話を焼き、あたしがあげた指輪を嵌めて、あたしもそれを嵌めてもらった。
美織が幸せそうに指輪を撫でるのを見て、昨夜の無体は許してあげよう、と心を広く持った。
か、しかし。
その数日後、仕事終わりに待ち合わせをした居酒屋デートで、美織の様子がおかしかった。
話しかけても上の空。
食事もお酒もあまり手を付けず、せっかく千紗が新しくできた評判のいい居酒屋を紹介してくれたのに、美織の様子が気がかりで楽しむことができなかった。
帰り際、美織は繋いだ手をそのままに、予想しなかったことを口にした。
「結婚は、もう少し待っていただけますか」
「え」
「すいません。少し、思うことがあったので。次の予約の日までには、なんとかします」
思うことってなに。
なんとかしますって、なにを?
あたしは混乱したまま、こくん、と頷いてしまった。