丘の上の小さな 美容室
 最近は美織がちょくちょくあたしの部屋に来るようになった。部屋を片付けるのが名目だそうだが、なぜか一番初めにベッドのシーツを替え、自分用の枕も買ってきた。言わずもがなその夜は新しいシーツの上に押し倒された。シングルベッドに枕が二つ。とても窮屈だった。
 次に来た時は玄関とリビングのごみを片付け、キッチンに溜まった洗い物もなくなり、浴室もピカピカに磨いてくれた。
 部屋に帰ると美織がいて、カレーやらシチューを作って待っていてくれる日もある。予告なく来るのでコンビニ弁当を買って帰り、気まずい思いをしたこともあったが、美織がその見た目通りよく食べたのでお手製の料理もコンビニ弁当も無駄になることがなかった。
 写真撮影の日が近づいてきたある夜、郵便受けからチラシと請求書を取り部屋に帰ると、美織が生姜焼きを焼いて待っていてくれた。最近コンビニ弁当を買わずに美織に連絡してから帰るようにしている。
 美織がまだ仕事ならコンビニに寄り、部屋にいるならお使いを頼まれることもあった。今日はキャベツを頼まれた。千切りにして、生姜焼きに添えるらしい。
 あたしは玄関まで迎えに来てくれた美織からのキスを受け、キャベツを渡し、郵便を玄関の靴箱の上に置いた。そのとき、エステの郵便を目ざとく見つけた美織が聞いてきたので「エステに通ってる」と言えば絶句していた。
 あたしは言っていたつもりだったので「言ってなかったっけ。でも、見て。ウエスト締まってきたと思わない?」とコートを脱ぎながらくるりとターンした。
 美織は戸惑いながらもあたしの腰を両手で擦り「確かに……最近体が締まってきたような気はしてました」となんだか納得のいかないような雰囲気だったので首を傾げた。
「どうしたの。なにか気になる?」
「施術してくれる人は、女性ですよね」
「そうね。エステだもの」
「深青。約束、覚えてます?」
「勿論よ。美織以外には触れさせない」
「女性にだって、俺は嫌です」
「そんなこと言ったら何にもできないわ。今の仕事だって人に触れる仕事よ」
「仕事は仕事です。でもエステは、肌に、直接、触れてますよね」
「美織」
 あたしはときどき困ってしまう。この愛と独占欲の重い男が拗ねるのは今に始まったことではないが、どう慰めてご機嫌を取ろうかは悩みの種だ。
 しかし、それでもこの男のことを愛しているし、なんなら可愛いと思ってしまっているのだからどうしようもない。
 美織に、溺れている。
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