丘の上の小さな 美容室
「この間だって、恵に前髪切らせましたよね」 
「仕方ないじゃない。美織、忙しくて時間取れなくて、でももう切りたかったんだもの」
 あたしはもうMIOの予約を取っていない。美織が部屋に来たとき、あるいはあたしが美容室に行ったときに気になれば切る、という感じになっていた。
 それで十分だった。けれどMIOの予約が立て込んで、その時はなかなか会えなくて、前髪も伸びてきて自分で切ろうとしていたところにたまたま恵がサロンに来て、前髪くらいならタダで切るよなんて言うものだからついつい恵の美容室にお邪魔した。
「浮気です」
「浮気じゃないわよ。でも、約束やぶってごめんなさい」
 美織はキャベツを靴箱の上に置き、あたしの髪に指を通す。 
「他の誰かに髪を触らせないでください。二度目はありませんからね。それと、エステなんか行かなくても深青はスタイル抜群ですよ。どうして行こうと思ったんですか」
「写真映り、良くしたくて。あなたに綺麗だって思われたかったのよ」
 しゅん、と肩を落とすと、美織が頬を緩ませ目を和らげた。
「深青は綺麗ですよ」
「……代謝も、上げたかったのよ。最近美織が美味しいものばかり作るから、食べ過ぎちゃうし」
「なるほど。代謝を上げるなら俺にもできます。毎日してあげても構いません」
「……なにをするつもり」
「毎日せっ」
「破廉恥よ!」
 美織の言葉を遮りぱあんっと頬を引っ叩いた。
 毎日?なんてことをしようとしているのだこの男は。
 あたしは美織を無視してコートを脱ぎ捨て洗面所に向かう。
 美織が慌てて後を追いかけてきた。
「エステの契約はまだあるわ。あと数回だから我慢して」
「深青」
「キャンセル料かかっちゃうしもったいないわ」
「俺が払います」
「そーゆーことじゃないのよ」
「じゃあどーゆーことですか」
「だって。キャンセルしちゃったら……み、美織が、毎日」
「絶対綺麗にしてみせます。女性はすることをすると肌も良くなって身体も締まるし、何より色気が出るそうです。触れ方によってはバストアップも夢じゃない」
「言ってることが、おかしいわ!」
「俺に任せてください。深青、愛しています」
「ずるいわ、今そんなこと言わないで。そんな顔と声で言わないでっ」
 絶対わざとやっている。
 あたしが美織の甘くて低い声と蕩けるように微笑む顔に弱いことをわかってそれを利用している。
 それを武器にされるとあたしに成す術はない。
 全ては美織の手のひらの上だ。
 惚れた弱みに付け込んで、この男は狡い。
 うう、と唸り口をもごもごさせていると、美織はふわりと笑ってその無骨な手であたしの顔を包み込み、優しいキスを落とした。
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