丘の上の小さな 美容室
 千紗がビールを飲みながら目を細めた。
「帰った時にお客さんの髪に触れている美織さんを見たくないなんて。嫉妬深い奥様だこと」
 そう。あたしはすっかり愛が重くなってしまった。
 美織に負けず劣らずの嫉妬深さ。
 ため息しか、出てこない。
「今は別居しているから気にしてないけど、いざ帰ってあたし以外を綺麗にしている美織を見るなんて……腸が煮えくり返る思いよ」
「はは。こわー。でも、美織さんは喜びそうだ」
「だから言いたくないわ」
「エステに通っていた時の美織さんの気持ちが今ならわかる?」
「痛いほどね」
「似た者夫婦」
「美織に似てきてる自覚はあるわ。嫌になる」
「惚気にしか聞こえない」
 あたしはチェストの上に飾ってある、ウェディングフォトを手に取った。
 ふわりと裾の広がったウェディングドレスを着たあたしの横に、グレーのスーツを着こなす美織が緊張気味に立っている。
 結局あたしは残り数回のエステをキャンセルした。
 美織に説得され、美織に絆されて、毎日はさすがにきついので一日おきに美織の愛を受け止めた。
 おかげさまで代謝も上がり身体も締まり、肌の艶も見違えるほど良くなって、美織は満足そうに隣で微笑んでいた。
 写真撮影当日、笑ってくださーい、と言うカメラマンの言葉にあたしは微笑み、でも美織は最後まで上手く笑えずに今の写真が出来上がった。緊張しいなのだ。
「深青、綺麗だよ。きっと人生で最大のピーク時期だね」
 目を細めて褒めてくれる親友の言葉に照れて、ビールを飲みながら可愛くない返事をしてしまう。
「これから下がる一方みたいな発言はやめてよ」
 ラーメンサラダを箸でつつく。これは美織が作り置きしてくれた。胡麻ダレも美織のオリジナルだ。
 今夜は千紗と家で飲み明かすからと伝えたら、おつまみを作って美容室へと帰っていった。
 出来た旦那様だけど、なんだか申し訳ない。
「美織を幸せにする、とか言ったくせに、美織の要求を飲めてないわ。あたしばっかり好きなことしてる」
「気にしてないと思うけどね。深青が美織さんを好きでいればそれで満足してそう。ところで深青。ちょっと痩せたよね」
「あ、うん。そうなの。」
 最近、あまり食欲がなくて食べられず、睡眠も取れない。眠いことは眠いのだが、深い眠りに入ることができずに夜中何度も目覚めてしまう。
 おかげで肌が荒れてきて、仕事にも集中できずにいた。
「なにか、考えすぎてない?」
「そんなことないけど」

 そんなことある。
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